第7話 この巻き藁を使います



 この巻き藁を使います。そう。この台座がしっかりしている方の。当身あてみを鍛える打ち込み用の巻き藁の方です。


 ちょっと立ちますね。はい失礼。

 え、立ち上がりの軸が良くなって前よりも綺麗?殆ど隙が見えなくなった?

 師範、有難うございます。でもおだててもダメですよ。話を逸らそうとしても無駄ですからね。


 さっきまで、世間の思う手裏剣とは何か、という所の確認の為に忍者とか時代劇とか小柄こづかとか、色々例えを出しましたけれど、それより根本こんぽんの所です。手の表裏おもてうらの確認もした上で、根本こんぽんです。

 おそらくですが、まず手裏剣という概念自体が、お爺ちゃんの、師範の中で今の世の中と違うのですよ。

 

 いいえ、違います。今の世の中とは違います。現代日本は天下泰平。そりゃあ、ニュースを見れば怖い事件も有りますし、世界中では悲しい戦争や紛争も止む事は有りません。それでも一応は平和です。そして法治国家なんですよ、現代日本は。

 投げる目的で刃物を持ってはいけません。

 投げる道具を投げずに握ってそのまま近い間合まあいで突き刺すのだって正当防衛を除いては、基本的に厳禁です。人間を斬ったりするのはもってのほかですよ。

 当たり前ですよね。


 ですので、ね。今この場でもこちらの方の巻き藁を叩きます。

 平和に、素手で。


 まず手の平で打ちますね。

 フッ。と。


 はい。

 今のは何でしょうか。


 ええ、そうですね。平手ひらてちです。手の平で打っただけですからね。

 手刀てがたなによる手刀しゅとうですらありません。


 ではこれは?

 フッ。と。


 はい。

 そう、手の裏側を、手の甲を打ちつけただけですね。

 これでは喧嘩好けんかずきの乱暴者と変わらない粗雑な動作です。

 打ち込む瞬間に体を固めて入れていたのならそれも当身あてみの技ですが、それであったなら私の体重でもこの巻き藁は折れて台座ごと飛んじゃいますからね。


 ええ、勿論です。師範ですから。今は私が。当然その位の威力は出せますよ。え、お爺ちゃん、大丈夫?去年、師範として私に免許皆伝くれたのはお爺ちゃんだよ?ちゃんと憶えてる?武術やらないお父さんを追い越しちゃって、お母さんも亡くしてしまって、私に皆伝かいでんを認めたんじゃない。その時に宗家の肩書きも譲ったし。忘れちゃったの?さっき晩ご飯食べたのも忘れてないよね?


 あら、そうですか。それは良かった。はい、師範。もう、冗談はやめて下さいよ。

 私の考えが間違っていなければ、ここからの確認がきもになる筈です。


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