第6話 ここからは手の裏に入ります



 ここからはうらに入ります。


 師範、ここまでは、世間の思う手裏剣とは何か、という認識の確認でした。お爺ちゃんが、いえ、師範がお考えになる世間というもの、それの思う手裏剣というもの。それがどういった範囲に在るのか、と。


 ここからは武術家としての手裏剣とは一体どこまでが一般的な手裏剣か、という段階の確認に入ります。

 宜しいですね、くれぐれも、お間違えの無いように。

 あと、先に申しておきますけれど、他の流派では、とかそういうお話も要りませんから。これはここまで、と自然に思う範囲を確認したいのです。どこからどこまでが手裏剣か。そして何を手裏剣と呼んで生きてきたのか。確認です。


 宗家を私に譲ったとはいえ、師範ですからね、お爺ちゃんは。くれぐれも。



 ではまず私のてのひらを見て下さい。


 はい。そうですね。こちらはうち。手のおもてでもありますが、古い流儀を重んじる方ほど、刀を握るてのひらの内側だけはおもてとは呼ばずにうちという言い方にこだわりますね。


 分かってますって。家族と言えど、師弟といえど、本来ならばそう易々やすやすと晒すものでは有りません。うちは。

 安易にうちを開いて見せてしまう事は出来るだけ避けなければなりません。それは基本です。当然ですよ。剣に限らず、殆どの道具の扱い方が読まれてしまう危険が有りますし、相手の側に攻撃する意思が有るのであれば、開いたてのひらから伸びた指をそのまま掴み折られる事にも警戒して暮らすのが日々の心得です。

 耳に何かができる程にまで、教わりましたからね。ものごころついた頃から。そう。ずっと。今に至るまで。


 それでもね、今、うちをこうして開いて見せているのは確認の為です。はい。そう。じゃあ続けますね。


 今度は私の手の甲を見て下さい。これは。


 はい。うら。もしくはほかの事。うちの流儀ではそうですね。

 

 そして、この手の甲の側から続く手首の辺りは。


 これもうら。そうです、そうです。ここもうらなのですが、通常そうは呼ばない方が稽古の上では間違いを起こしにくいと考えて、便宜上、普段であればその名で呼ばない事が多いですよね。名前自体を呼ぼうとしない癖が付きます。

 ここはうらなのだけれど、腕のうら、とも重なっていますし、こういった呼び方に慣れのない内は刃物をもって狙うべき急所を見る感覚と併せて、曖昧になってしまいがちですものね。


 そうよね。そうだったわよね。手首の場合の表裏おもてうら

 ああ、懐かしい。甲冑かっちゅうの稽古。

 おもてうらの手首の急所。甲冑の隙間や覆いの薄い、関節かんせつまわり。それでいて重要な血管や神経の束が集まる急所。なかなか刃が入らない。そうそう。狙っても実際難しい。そもそもお互い甲冑姿かっちゅうすがたで、斬りつける側だって動くだけでも大変なのに。組討くみうちになったら鎧通よろいどおしを鞘から抜くだけでも慣れるまでは一苦労だし、重いし関節の動かし方にも制限が掛かるから、現代においてはあれってやっても苦しいだけで、稽古して役に立つ時なんて今後もう無いんじゃないの。

 て言うかさ、私あの時まだ中学生だったのに、女の子にいきなり甲冑かっちゅう一式いっしきよろわせて殺し合いの稽古って、うちの流派、やり方変えた方が良いんじゃないのかなあ。


 あっ、お爺ちゃん、懐かしい方向に誘導したでしょ。

 思い出話に気を向けて、私の話を逸らそうとした。駄目ですよ。師範。今は手裏剣の事で確認をしているのですからね。


 続けましょう。では。

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