第20話 もう一つの座標

 ――俺の役目は終わったな。




 アーヴェルから追放を言い渡され、城門をくぐったときの空の色は、しばらく忘れられそうにない。雲の底が低く、風は冷たかった。




 俺は苦々しい思いを抱えたまま、城下町の酒場で飲んでいた。


 昼を過ぎても、グラスの底に光が映るだけ。テーブル席は賑わっていたが、カウンターには俺ひとり。背中の鎚が、やけに重かった。


 今まで城にいたのは、セレナの姉――アリアの最期の頼みだった。


 俺はもともと現場人間だ。城の中で命令を聞くより、風の中で戦鎚こいつをぶん回して杭を打ち、魔物を薙ぎ払っているのが性に合っている。


 セレナはまだ幼いが、その能力は一人前だ。凛と測量に出るようになってから、その資質開花させた。彼女は将来、三賢者を越えるだろう。


 政治的な駆け引きはてんでだめな俺は、そろそろ城を出ようかと思っていたところだった。だから、追放の言葉にも逆らわなかった。


 ただ、喉の奥に錆びた釘を飲み込んだような気分だった。




 ――もっとも、凛とはもう少し旅をしてみたかったけどな。




「ここにいると思ったよ」




 背後から声。振り返らずとも、誰かわかる。俺の隣に勝手に腰を下ろし、薄く笑った。




「フッ、元相棒にその顔はないだろう」




「……スレイ」




 俺の渋い顔も気に留めず、涼しい顔で言う。




「……何の用だ。俺は今、機嫌が悪い」




「城を追い出されたそうじゃないか。素直に命令を聞くなんて、お前にしては冷静な判断だったな」




 その言い方が腹にくる。だが、こいつは昔からこうだ。どうやら城の中での出来事まで知っているらしい。相変わらず耳ざとい。




「知ってんなら、俺様の虫の居所もわかるだろう。用件を言え」




 スレイは周囲を見渡し、声を落とした。




「単刀直入に言おう。俺は、このままでは終わらない、事態はもっと悪化していくと考えている。背後には……」




 スレイは酒場の喧騒の中で、俺にだけ聞こえるほどの小声で言った。




「ここでは詳しい話ができない。場所をかえないか?」




 スレイが目線だけをテーブル席に向ける。飲んではいるが、他の客とは違う雰囲気の連中が座っていた。




「そうだな。昼からずっとここで飲んでいたから、別の酒を探すとしよう」




 グラスを置き、スレイと共に酒場を出た。冷たい風が、酔いを一気に冷ます。


 


――監視を巻くのは、昔から得意なんだ。




     ◇




 一ヶ月後。


 白地図化は国中に広がっていた。


 俺は表向きスレイのチームに戻り、測量作業を続け、裏ではアーヴェルの尻尾を追っていた。




「間違いないな」




「ああ、王立地理院でアーヴェルの腰巾着だったやつだ」




 昨晩、俺が尾行していたやつが、人気のない広場で一人の人物と接触した。フードを深く被っていたが、一瞬見えた横顔は、間違いなく城で見かけた男だった。




「つながったな。間違いない、アーヴェルはバルグランドと通じている」




 スレイの声は静かだった。だが、目の奥に熱があった。


 白地図化は、古代杭を使った意図的な工作であることは明白だった。古代技術の第一人者であるアーヴェルは疑わしいが、古代杭の入手先が謎だった。




「バルグランドは技術大国だ。製造方法がわかれば、古代杭の再現など造作もない。そして総統は古代技術にも執着しているらしい」




「あの狂人が古代マニアとはな」




 俺は、独裁者の顔を思い出し、苦く笑った。直接見たことはないが、彼のパロディ劇を見たことがある。役者は、熱心に独裁者の容姿や仕草を研究して、そっくりだったらしい。




「マニアとはちょっと違うかもな。やつは古代技術を、プロパガンダや武器として使う気だ」




 スレイは他国の情報まで詳しい。




「で、これからどうする?」




「お前のルートで国王に知らせるか……」




 スレイが思案する。俺はこういうのが苦手だ。短い沈黙。風が、紙をめくるように窓を鳴らした。




 そのとき、扉を叩く音が沈黙を破る。




 ――こんな時間に?




 嫌な予感がよぎる。スレイもそう感じたのか、少し硬い声で入室を促す。




「情報提供者Cからの連絡です。『コルヴィン杭に異常、王女の測量部隊が緊急出動』とのことです」




 ――コルヴィン杭! バルグランドに近い!!




 スレイが腕を顎にあて考える。




「古代杭の実物が狙いか…」




「遺跡なら骨董屋にあるだろう?」




「いや、そうじゃなくて、ちゃんと機能するやつがあるじゃないか。三本も」




 言われてみれば、現役で働いているが、三賢者杭は古代の技術で作られたものだ。




「狙いは三賢者杭? だが、あれを抜けば地脈が暴れると知ってるはずだ」




 スレイは顎に手を当て、意味ありげに俺を見た。




「噂には聞いているが……あるんだろう? 新しいのが。劣化したときの換えが」




 スレイの言葉に俺は思い出した。アリアに「秘密よ」と言われて案内された城の地下室。そこに寝かされた、俺の背丈の倍以上もある真新しい白銀の杭を。




 ――劣化したコルヴィン杭の換わりに、あれを持ち出したに違いない。




 俺は息を呑んだ。




「奴らの狙いは、それか!」




 劣化したコルヴィン杭の換わりに持ち出したに違いない。




 ――凛とセレナが危ない!




 俺は立ち上がり、戦鎚を肩に担いだ。


 血を流す覚悟を胸に。




     ◇




 バルグランド街道。


 眼の前を四頭立ての荷馬車が通り過ぎる。幌で隠されているが、中身は新コルヴィン杭だろう。






 一報を聞いてすぐにコルヴィン山に向かったが、途中、森の中にかくれたバルグランドの軍勢を見つけた。




「ギル、正面突破は愚策だな」




「俺は構わん。が、目的は凛とセレナ、そして新コルヴィン杭だ」




 迂回し、更に深い森に分け入った。


 コルヴィン山の麓に着いた頃には、既に戦いが終わった後だった。倒れた木々や血の跡から、かなり大規模な戦闘だったことがうかがえる。




「新コルヴィン杭、奪われたな」




 スレイが、地面に残った轍を確認して言った。確かに一番深い轍は、バルグラントの方向に続いている。


「ギル、追うぞ」


 俺は、凛とセレナのもとに駆けつけたい気持ちを抑えて、杭の奪還に向かった。


 ――あいつらは大丈夫だ。俺は俺の役割を果たす。






 夜通し追跡し、空が明るくなる頃追いついた。奴らは峠道の登りの途中で休憩していた。30人。兵士は20人で、残りは荷役だ。




「ギル、これなら正面突破できるな」




「俺は構わん」




 戦鎚を構えて飛び出した。スレイは愛用の連射ボウガンを構え、矢を放つ。制圧するのに5分とかからなかった。




     ◇




 付近に敵がいないことを確認すると、荷車の中を調べた。そこには白銀の杭。すべての光を弾くように輝いている。スレイが息を呑んだ。




「あったぞ……これが三賢者杭か……美しいな」




 スレイから珍しく賛美の言葉がでた。さらに、宝石を付けた杖が出てきた。杖の中ほどにも奇妙な宝石がついている。




「凛が使っていた杖か?」




 スレイが俺に差し出す。




 ――間違えない、凛の杖だ。




 怒りがふつふつと湧いてくる。もう少し凛に戦闘訓練をしておくべきだったと後悔する。




「ギル、時間がない。バルグランドに気づかれる前に、こいつを隠すぞ」




 途中で遭遇したバルグランド兵に気づかれたら、守りきれない。この分では国境の警備兵もバルグランドに抑えられているだろう。


 俺はスレイと協力して荷車から新コルヴィン杭を森に運び込み、偽装を施した。




「お前がいなければ運び出しは無理だったな」




 軟弱なスレイが息を荒げて言う。




「お前とは鍛え方が違う」




 荷車に同程度の石を積み、馬を走らせ、轍を偽装する。これでしばらくは隠し通せるだろう。汗が、土に落ちて消えた。




 地面が揺れた。


 そして、コルヴィン山が噴火を始めた。




 ◇




 コルヴィン山から吹き上げる溶岩と噴煙を、俺達は無言で見つめた。裂け目が王都の方向に広がっているが見える。




「……コルヴィン杭が抜けたな」




 スレイが呟く。山頂の一部が消え、噴煙の中に渦を巻く光が見える。コルヴィン杭はどこかに吹き飛んでしまったのだろう。抑えていた地脈が暴れ出している。




「ギル、あそこに杭を打ち直せるか?」




「無茶を言うな。あんな所、近づくだけで焼ける」




 スレイが分かりきったことを聞き、俺は分かりきった答えを返す。




「……どうなるんだ、これ」




 スレイに問いかける。




「『三賢者の封じし蛇、時を経るごとに力を増し、ついには竜へと化す。


 解き放たれんときは、世界の理ことごとく崩れ去らん』


 終末の竜ドラゴン。古代文献に出てくる話だ」




「要するに、どういうことだよ」




「世界が裂け目に飲み込まれる、ということだ」




「アーヴェルやバルグランドの連中はそれを望んだのか?」




「わからんが、結果としてこうなっている」






 俺は新コルヴィン杭を持ち出した。地面に突き立てるが、自立するほど刺さらない。




「スレイ、ちょっと支えてろ」




「何をするつもりだ? 杭を打ち込むだけでは効果を発揮しない。そんなこと、測量士のお前なら分かっているだろう」




 新コルヴィン杭を支えながらも、スレイは反発する。


 俺はそれを無視して、戦鎚で力のかぎり打ち込む。




 ――一発、二発。




 流石にすぐには打ち込めない。




 ――五発……十発。




「他にできることはないんだろう。少しでも遅らせられるかもしれないじゃなか」


 杭が地面に食い込み、自立するようになった。スレイが顎に手をあて、考え始める。


「お前も手伝え」




 ――三十発……四十発




 コルヴィン山の噴火は収まる気配を見せない。裂け目も王都北部の平原に達し、さらに王都を目指している。


 スレイが顔を上げた。




「やれるかもしれない。ギル、早く打ち込め!」




「……少しは……手伝え…」




 ――九十発……百発目。




 戦鎚が折れた。だが杭は、規定の線まで地面に埋まった。地脈に達した感触があった。




 ――コルヴィン山は?




 顔を上げてコルヴィン山を見る。噴火は続いている。




 ――ダメか…




 俺は膝をついた。




「ギル、何を休んでいる。これを持って杭の前に立て」




 スレイが無情にも命令する。




 俺はスレイから凛の杖を受け取り、新コルヴィン杭の側にたった。そして凛やセレナのように、杖の先端を地面に突きたて垂直にたてる。




「そうだ。それから凛の宝石を城に向けるんだ」




 そう言うとスレイが俺の後ろに隠れ、測量士が使う信号用のミラーを取り出した。




「何してんだ?」




「城に合図を送っている」




「いや、なんで俺の後ろに隠れてるんだ?」




「こっちの準備は済んだ。後は二人の番だ」




 俺の問を無視して、スレイが呟く。


 まあいい。スレイには何か策があるらしい。城に合図を送ったということは、相手は決まっている。




 ――頼んだぜ、凛、セレナ。

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