第19話 終焉の座標
地震の余韻がまだ消えない。重いシャンデリアは揺れ、割れた窓から冷たい空気が吹き込んでいた。コルヴィン山から吹き出す噴煙は朝日を浴び、不気味な陰影を帯びている。親衛隊もアーヴェル側の兵士も戦闘をやめ、呆然と窓の外を眺めていた。
わたしは、素早く三脚を立て、セオドライトをコルヴィン山に向ける。確認するまでもなかった。
――コルヴィン杭が吹き飛んだ!
この噴火が、コルヴィン杭の劣化で地脈を抑えられなくなった結果なのか、あるいは自然現象なのか、わたしにはわからない。ただはっきりしているのは、三賢者杭の一本が失われてしまったという事実だ。
噴火口からまっすぐに南――王都に向けて、急速に割れ目が広がってくる。割れ目からは溶岩も噴煙も出てこない。ただ漆黒の深淵がのぞいている。
――こんなに大きな裂け目が!
古代から地脈を制御してきた杭が突然なくなったんだ。これくらいの裂け目は当然かもしれない。
「魔物だ!!」
誰かが叫んだ。
――裂け目からまだ距離があるのに、もう魔物が!?
親衛隊も兵士も、すぐに戦闘態勢に入る。
このままでは、国中が魔物であふれかえるのに時間はかからない。
「アーヴェル!これもあなたの計画なの!」
わたしはアーヴェルを問い詰める。
「コルヴィン山が……そんな馬鹿な!」
アーヴェルは床に膝をつき、そのままへたり込んだ。
「……私の計算に間違いはない……終わりだ……」
ブツブツと呟くアーヴェルの胸ぐらを掴んで揺さぶる。
「なら、あなたも協力しなさい!どうやったら止められるの!?」
「凛殿も既にご存知でしょう。正しい位置に、正しい杭を打つ――それだけですよ」
アーヴェルが虚ろな目で答える。
「正しい位置って……」
「マスター地図を見なさい。吹き飛んでしまったコルヴィン山の山頂ですよ」
壁に換えられたタペストリーを指差す。コルヴィン山の周辺は既に白くなり、急速にその領域を広げている。
「それと、正しい杭が必要です。完成している換えの杭は、確か一本だけでしたね。では今頃、山脈を越えてバルグランド領に入る頃でしょう」
それだけ言うと、アーヴェルはふらふらと立ち上がり、立ち去ろうとした。
「待ちなさい、まだ話は終わっていないわ!」
引き止めようとするわたしを、セレナが制した。
「凛お姉様、こちらへ。急いでください!」
セレナがわたしの手を掴み、部屋の中央へ導く。正三角形をモチーフにした紋章が刻まれた床。わたしが召喚された場所だ。
「時間がありません。すぐに儀式を行います。お姉様は中央にお座りください」
「セレナ、ちょっと待って、まだ終わっていない。急いで裂け目を塞がないと!」
「アーヴェルが言ったことは事実です。換わりになる杭がありません」
セレナは悲しそうに目を伏せた。
「だったら、コルヴィン山に行けば杭が残っているかもしれないじゃない。それを使えば……」
ほとんど可能性がないこと分かっている。でも諦められなかった。
「時間がないのです。裂け目はもう、すぐそこまで迫っていますわ」
慌てて外を見る。コルヴィン山の山頂から伸びた割れ目は、王都北部の平原に達していた。
「先程、バルグランドの軍勢が飲み込まれました。王都が飲み込まれるのも時間の問題です。王都だけではありません。この国、この世界が終わるのです」
お姉様だけでも生き残ってください――
最後の声は、もう聞き取れなかった。
◇
視界の片隅に、光が瞬いた。窓の外? また光った。
急いでセオドライトを向ける。噴火するコルヴィン山のちょい右――望遠鏡を覗く。また光った。残像を頼りに視準線を合わせた。
――光の信号?
「セレナ、誰かが合図を送ってきている。どこだかわかる?」
急かすセレナをなだめて、セオドライトの望遠鏡を覗かせる。
「視準線の中央あたりよ」
「あの山脈の向こうはバルグランド領です。バルグランドへは、あの峠道を通るしかありません」
セレナ少し思案してから答えた。
「……あっ、光りました。間違いありません。バルグランド街道ですわ!」
胸の奥で心臓が跳ねた。誰かが城に合図を送っている。
――バルグランド兵?
アーヴェルの話では、新コルヴィン杭を奪ったバルグランド兵が国境付近にいるという。でもただの兵士に、コルヴィン杭の使い道など分かるだろうか。こんな異変をみたら、さっさと自国へ逃げ帰るはず。
――味方? ここにコルヴィン杭があることを知らせている?
でも、コルヴィン杭があったとしても…
――正しい位置は?
山頂は溶岩の海。タペストリーでは、山頂を中心に白地図化が進んでいる。白い円は王都に達しようとしていた。
白い円が残りの杭、アルドとベネトに達する時間は、正三角形だから王都に達する時間の1.732倍で……ん?
――正三角形? でも測量の基本は三角形だよね・・・
わたしは一つの可能性を見出した。一発勝負。うまく行っても結果は未知数だ。
また光った。ギル?多分違う。ギルはこんな事思いつかない。
――スレイね。そこにあるのね。
「セレナ、なんとかなるかも!」
わたしはセレナに声をかけ、測量士たちに指示を出した。
「タペストリーを壁からおろして! それと、この大きさに対応できる製図道具を至急持ってきて!」
測量士のリーダーはすぐに反応し、部下に指示を出す。親衛隊もタペストリーを下ろす空間を確保した。アーヴェル側の兵士もそれを手伝っている。
「魔物を寄せ付けないで。タペストリーは絶対死守よ!」
わたしは皆に指示をすると、セレナに向き直る。
「わたくしは何を!?」
セレナが期待に満ちた目を向けてくる。 わたしは答えた。
「わたしたちで伝説をつくるよ」
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