第18話 愚かな賢者

 王都にたどり着いたのは、出発してから二日目の深夜だった。周囲を警戒しながら、遺体とけが人を抱えての帰還。馬も人も足取りは重く、街道の闇はひどく長く感じられた。




 やっとの思いで城門に辿りつくと、いつもなら警備に立っている衛兵の姿が見当たらない。親衛隊長が門を叩き、帰還を告げるが、返事はない。




「……何か、焦げた匂いがしますわ」




 見上げると、王城の尖塔から僅かに炎があがっている。金属のぶつかり合う甲高い音、怒号と悲鳴がかすかに聞こえた。




「皆、さがってください!」




 悲壮な顔でセレナが叫ぶ。杖をかざして集中している。




 ――まさか、光魔法で城門を破るつもり!?




 焦って止めると、セレナはぎゅっと唇を噛み、杖を下ろした。セレナの体力は、もうほとんど残っていないし、どんな敵が待ち受けているかがわからない。


 周囲を見渡すと、衛兵用の通用門を見つける。




「この扉の鍵だけを壊せる?」




 セレナが頷くと、杖の宝石を鍵穴にかざした。淡い光が走り、金属音を残して鍵だけがきれいにくり抜かれた。




「けが人はここで待機。動ける者はついてきて」




 親衛隊隊長と数名、そして測量士のうち多少は戦える者が前に出てきた。




     ◇




 謁見の間の扉を押し開けると、空気が一変した。焦げた匂いに、鉄と血の匂いが混じる。玉座の前で、親衛隊と兵士が刃を交えていた。その中央に




――アーヴェル・モルダン。




 冷ややかに、まるで全てを計算済みだと言わんばかりの微笑みを浮かべて立っていた。




「お戻りですか、セレナ王女、そして凛殿。……予想より早かったですね」




「どういうことなのか、説明してくれるのでしょうね!」




 アーヴェルを睨みつける。アーヴェルは微笑を崩さぬまま、静かに口を開いた。




「もちろんですとも。もう勝負は決しましたから」




 アーヴェルは微笑みを絶やさず、穏やかな口調で説明を始めた。






「私が古代技術に興味を持ったのは、まだ王立アカデミーの学生でした」




 語り始めたアーヴェルは、いつになく饒舌だった。


 内容を要約すると――




 超技術と魔法が融合した古代の測量体系に魅了されたこと。


 忘れ去られる技術と退化していく魔法、その現状を放置している王族に怒りを感じたこと。




「怠惰な王族など、もはや不要。私が確立した理論と古代技術を融合させれば、新たな測量体系が生まれる。私はその頂点に立つのです」




 アーヴェルの口調がやや狂気じみてきた。




「それならなぜ白地図化を起こし、コルヴィン杭まで……国を壊そうとするのですか!」




 セレナが怒りで声を震わせる。




「この程度のことで、古代技術の粋である三賢者杭による測量体系が壊れるわけがないでしょう。王族が不法にも独占してきた、特殊な杭の製法を手に入れるための、些細な犠牲です。それに――」




 アーヴェルの視線がわたしに向く。




「異世界の測量技術にも興味がありましたから。もっとも、我々の技術体系とはあまりに乖離していて、がっかりしましたがね」




 わたしが幽閉中に、セオドライトを調べたことを認めた。壊していたら、即処刑だったところよ。




「そして、国を治めるには”伝説”が必要なのです。三賢者の再来と言われた王女と異世界の測量士。それを上回ることで”私の伝説”が完成するのです」




 酔いしれたような笑いが、謁見の間に響いた。




 わたしは冷静さを保ちつつ、戦況を観察した。アーヴェル側の兵士は4、50人程度だろうか。国王を守る親衛隊員も同程度。残りは他で争っているにしても、まだ勝負は決していない。




 ――しかも、アーヴェル側は光魔法対策をしていない。




「アーヴェル。まだ勝負はついていないわ。こっちにはセレナがいるのよ。その力、あなたも知っているでしょ?」




 はったりだった。度重なる戦闘と行軍の連続で、セレナはもう立っているだけで精一杯だった。それでもセレナは、わたしの意図を理解し、杖を構えて一歩前に出る。




「そういえば……もう一つ言い忘れていたことがありました」




 アーヴェルが唇を歪める。




「この計画、隣国のバルグランドの協力も得ているのですよ。バルグランドの総統は、まだ友好国であった頃、王立アカデミーに留学に来ていたことはあまり知られていないがね。そこでわたしたちは古代技術について語り合ったものだ」




 アーヴェルは懐かしげに目を閉じた。




「まだ機能する、それも最高の古代杭を渡すと言ったら、目を輝かせて賛同してくれました」




 ――あの時襲ってきた黒衣の襲撃者は、バルグランドの者。




「実物を手に入れて、早速動いてくれました。窓の外を見てごらん」




 言われるままに窓の外を見る。




「まさか……」




 いつの間にか、空が白みかけていた。屋上の展望台ほどではないが、閲覧の間のマドからも遠くが見通せる。




 王都から北、コルヴィン山の方向にある平原。黒い帯のような列が広がっていた。進軍するバルグランドの軍勢。




「そうそう、君のことを話したら、異世界の技術にも興味津々でしたよ。機会があれば、私と総統に異世界の技術について、講義でもお願いしたいものですな」




 ――やなこった。




 わたしは心のなかで毒づく。


 この状況を打破する手を考える。軍隊相手では、わたしではどうにもならない。でもセレナを助けるだけなら。セオドライトと引き換えにセレナの命を――。




「セレナ」




 呼びかけると、セレナはわたしを見つめ返す。そしてアーヴェルに向き直った。




「条件があるわ」


「条件がありますわ」




 ふたりの声が重なった。




 ◇




 その時、足元にかすかな振動が走った。天井のシャンデリアが僅かに揺れる。錯覚じゃない。窓ガラスも揺れて音を立て始めた。次第に揺れが大きくなる。




「……うむ?」




 アーヴェルも眉をひそめて見上げる。親衛隊、兵士ともに動きを止める。


 揺れが大きくなり、壁にかけられた絵が落ちた。




 ――地震!?




 窓の外――コルヴィン山の山頂が真っ赤に染まる。


 少し遅れて突風が吹き荒れ、窓ガラスが砕け散った。


 わたしは床に手をついて、頭を保護する。




 ――空振……って、言うんだっけ?




 誰かに聞いた雑学が脳裏をよぎった。




 山頂から伸びる噴煙は急速に空に広がっていった。

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