第3話:逆回転のパートナー


「磁場のおかしい家」シリーズの新作、承ります。

新キャラクターを投入し、主人公・山伏慶太の日常がさらに非日常へとシフトしていく物語を構成しました。


***


### 短編シリーズ第3話


おれ、山伏慶太。電気メーターの検針員。

この仕事は、いわば街のライフラインの脈を測るようなものだ。大抵の脈拍、つまり電気の使用量は、住人の生活リズムに沿って規則正しく動く。だが、時々、不整脈を起こす家がある。おれはそれを「磁場がおかしい」と呼んでいる。


「また山伏君か。君は本当に、面倒ごとの匂いを嗅ぎつける天才だな」


ため息混じりにそう言ったのは、生活安全課の課長、富樫明生さん。もはや顔なじみだ。

現場は閑静な住宅街で起きた空き巣事件。だが、様子がおかしい。家中の電気が止められ、水道メーターもピタリと静止している。まるで家そのものが死んでいるようだ。


「富樫さん、この家…磁場が空っぽです」

「じば? また君のオカルトセンサーか。科学的に頼むよ、科学的に」


おれの言葉を富樫さんは鼻で笑うが、おれにはわかった。

この不自然な静寂、この「無」の状態を作り出せる人間に、心当たりが一人だけいたからだ。


「あんたの仕業か、安藤ありさ」


数日後、おれはあの時助けた女性、安藤ありさの前に立っていた。

彼女は自殺未遂が嘘だったかのようにケロリとした顔で、自販機のコーヒーを啜っている。


「さあ、何のことかな? 検針員さん」

「とぼけるな。あんただろ、あの家の磁場をメチャクチャにしたのは」


彼女はニヤリと笑った。その瞳の奥に、凍るような孤独と、子供のような残酷さが同居している。

あの日、おれが感じ取ったSOSの磁場。彼女は、それを今、自在に操れるようになっていた。他人の生命エネルギーを感知し、その流れを乱したり、逆回転させたり、あるいは…完全に停止させたり。


「面白いじゃない。あなたが『感じる』んでしょ? なら私は『乱して』あげる。鬼ごっこみたいで」


その日から、おれたちの奇妙な関係が始まった。

ありさは街のあちこちで、磁場を狂わせるイタズラを繰り返した。突然テレビが消える家、誰もいないのにインターホンが鳴り続ける家。おれはその尻拭いに奔走し、富樫さんに「君の知り合いだろう!」と怒鳴られる毎日。


「いい加減にしろ! あんたはただ、おれを困らせたいだけなのか!」

「……そうかもね」


彼女は寂しそうに笑うだけだった。


転機が訪れたのは、連続ペット失踪事件が世間を騒がせ始めた頃だ。

富樫さんも頭を抱えるこの事件。犯人の手掛かりは一切ない。

「山伏君、君のオカルトセンサーでも、さすがに動物の居場所までは…」

「いや、違います、富樫さん。犯人は動物を狙ってるんじゃない。飼い主の『悲しみ』を狙ってるんだ」


おれには感じられた。犯人が放つ、他人の悲しみを糧にするような、歪で粘着質な磁場が。

だが、その磁場は巧妙に隠され、場所が特定できない。まるで、強いノイズに邪魔されているように。


「安藤…」

おれは、ありさのアパートへ走った。

「頼みがある。力を貸してくれ」

「…私が、あなたに?」

「ああ。犯人が発する悪意の磁場が、別の強いノイズでかき消されてる。あんたの力で、そのノイズを消し去ってほしい。そうすれば、俺が犯人の居場所を特定できる」


彼女はしばらく黙っていた。

「…なんで? 私は、あなたの敵なんでしょ?」

「敵とか味方とか、どうでもいい。ただ、あんたのその力を、誰かのくだらないイタズラのためじゃなく、誰かを助けるために使ってほしいんだ。…あんたが本当は、優しい奴だってことくらい、おれにはわかるから」


おれの言葉に、彼女の瞳が揺れた。

それは、彼女が発する磁場の乱れが、初めて穏やかになった瞬間だった。


翌日。おれとありさ、そして半信半疑の富樫さんは、一台の車に乗り込んでいた。

「いい? 集中して。…今からこの街のノイズを全部、逆回転させる」

ありさが目を閉じると、おれの頭に流れ込んでくる情報が一変した。

今まで聞こえていた雑音が消え、一本の、黒く鋭い悪意の糸だけが、はっきりと見えた。


「…いた! あの廃工場だ!」


犯人はあっけなく捕まった。

富樫さんは、信じられないという顔で、おれとありさを交互に見ていた。


事件後、富樫さんはおれたちを喫茶店に呼び出した。

「…正式に、とはいかないが、警察に協力してくれないか。君たちのその、不思議な力が必要な事件が、この街にはまだたくさんある」


ありさは黙ってコーヒーカップを見つめている。

おれは彼女の横顔を見て、ため息をついた。


「ったく、あんたといると、普通じゃいられなくなるな」

「そっちこそ。私の静かな生活を、もう邪魔しないでくれる?」


口ではそう言いながらも、彼女が発する磁場は、少しだけ温かい色をしていた。

しがない検針員、山伏慶太。

どうやらおれの日常は、この磁場を逆回転させる厄介なパートナーのせいで、もう元には戻れないらしい。


(了)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る