第2話ノイズまみれの水道メーター
「磁場がおかしい家」シリーズの第2話を執筆します。主人公・山伏慶太の少し皮肉屋で、でも根は優しいキャラクター性を活かしたエピソードです。
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### 短編シリーズ第2話:ノイズまみれの水道メーター
おれ、山伏慶太。普通が服を着て歩いているような、しがない電気メーターの検針員。
トキおばあちゃんとモノクロの娘さんの件以来、おれは少しだけ変わった。いや、変わったというより、気づくようになった、という方が正しい。
メーターが示す数字の裏側にある、見えない「何か」に。
人々が発する生活のノイズ。喜び、悲しみ、そして時々、危険な静寂。おれはそれを勝手に「磁場」と呼んでいる。
今日の現場は、最近できたばかりの新興住宅地。どの家も同じような形をしていて、まるでコピー&ペーストだ。
目的の家は、若い女性が一人で暮らしていると聞いている。今日は不在のはず。電気メーターを確認し、端末に数値を打ち込む。異常なし。
「さて、次へ……」
そう思った瞬間、耳の奥で「ジジ……」と微かなノイズが響いた。
なんだ?
音の出どころを探すと、電気メーターの隣にある水道メーターだった。
プラスチックの蓋を開ける。中の銀色のパイロット(針)が、尋常じゃない勢いで回転していた。まるで、溺れる人間が必死にもがくように。
おかしい。留守の家で、こんなに水が使われるはずがない。
漏水か? いや、違う。このノイズ混じりの回転は、もっと切羽詰まった、命の悲鳴みたいな感じがする。
トキさんの件が頭をよぎる。また、あの手のか。
おれは無意識に家の裏手へ回り込んでいた。
案の定、磨りガラスの向こう側が白く曇った浴室の窓から、湯気が漏れ出している。
迷いは一瞬だった。
作業着の肘に巻いていたタオルを固く握りしめ、力任せに窓ガラスを叩き割る。
「ごめんくださいッ!」
ガラスの破片を払い、中へ飛び込む。
湯気と、鉄が錆びたような匂いが鼻をついた。浴槽の縁に力なく垂れ下がる腕。その手首から流れる赤が、湯船の水をじわじわと赤黒く染めていく。
「ちくしょう!」
おれは慌てて蛇口をひねり、女性を湯船から引きずり出した。濡れた体に自分の作業着のジャケットを被せ、リビングまで運ぶ。すぐにスマホで119番と110番に通報した。
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「で、君は一体何者なんだね?」
最初に駆けつけた警察官は、おれを不法侵入者を見る目でねめつけた。事情を説明するが、まったく信じてもらえない。
「水道メーターの針の回りがおかしかった、ねえ。それで窓を割って侵入したと。ずいぶんと親切な検針員さんだな」
「だって、どう見ても異常だったんです! 誰かが水を出しっぱなしにしてるだけじゃ済まない、何か嫌な感じがして…」
「嫌な感じ、ね。まあ、結果的に人命救助になったのは事実だが、手続きというものがあるんでね。詳しく話を聞かせてもらおうか」
そこからが長かった。
パトカーの後部座席で、同じことを何度も何度も聞かれる。気づけば空はオレンジ色に染まり始めていた。
(まただよ。どうしておれは、いつも夕方まで捕まってるんだ…)
解放されたのは、日がとっぷりと暮れた頃だった。
さっきまでおれを尋問していた若い警官が、バツが悪そうに頭を掻いている。隣にいた年配の刑事が、おれの肩をぽん、と叩いた。
「すまなかったな、疑ったりして。君のおかげで、彼女、一命をとりとめたそうだ。落ち着いたら、お礼がしたいと言っていたよ」
年配の刑事は、ふっと息を吐いて続けた。
「それにしても、よく気づいたもんだ。…頑張れよ」
おれは溜息をついた。
「ハァ?……ならもう少し、人の話を聞いてくれてもいいんじゃないですかね、まったく」
憎まれ口を叩いてその場を去る。
帰り際、もう一度あの家を見上げた。窓に貼られたブルーシートが夜風に揺れている。
あの水道メーターは、もう静かに沈黙しているだろう。
だが、おれの耳には、あの「ジジジ…」というノイズがまだ残っている。
それは、死の淵にあった彼女が発した、最後のSOSだったのかもしれない。
「おせっかいな磁場も、たまには役に立つか」
夜空に向かってひとりごちて、おれは相棒の軽トラに乗り込んだ。
さて、明日はどこの「磁場」が、おれを呼んでいるんだろうな。
(了)
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