昼近くまで起きられなかった水晶すいしょうは、部屋の中で無為に過ごして夜を迎えた。

「水晶。散歩に行かないか」

 菫青きんせいの誘いで二人は夜道の散歩に出かけた。

 人の気配は途絶え、空にはほとんど雲が無い。

「星がよく見えるね。でも今日は月が出ない日か」

 菫青につられて見上げると、なるほど満天の星だが月は見当たらない。

「そう残念がることもないだろ。今夜は太陽がどこも照らさないだけだ」

 少し歩いて、再び水晶が口を開いた。

「月は太陽の光が当たんなきゃ、誰の目にも触れない石くれなんだ」

 空を仰ぐ水晶の隣の菫青は、何も答えない。

 やがて、来た道を引き返す段になると、「水晶」と呼びかけた。

「太陽が見えないことを、なんと言う?」

「なぞなぞか?」

「そうじゃない」

「夜」

「じゃあ、月が見えないのは?」

「あーっと……新月」

「ほら! 名前がある! 月は見えずともそこにあると知られているんだ」

 見えない月が名付けられていることを力説した菫青に、水晶は全く表情を変えなかった。

「太陽が失せたら、見える世界の名も変わるんだ。昼が、夜だ」

 視線が交わらないまま、二人は歩く。

「水晶。君が言うことは、時々僕を悲しくさせるんだ」

 水晶が足を止めるのに合わせて、菫青も立ち止まる。

「菫青。悪かった。お前を傷付けたいワケじゃねえんだ」

「知っていたよ。だから水晶が謝る必要は無い。でも、月も太陽も、昼も夜も、それだけでいいって僕は思うよ」

 暗闇に目が慣れているから分かった。菫青は泣いている。

「水晶も僕も、自分以上でも以下でもないんだよ」

 おそらく、菫青の真の思いはこっちの方だ。

「俺は、自分以上に優れた奴になりたいがな」

 悲しませてしまう口の利き方と分かっていても、これが水晶の常に考えていることだ。

「お前に出会えて良かったよ。菫青。なんでお前は、そこまで俺に心を砕くんだ?」

「なんでだろうね」

 答えられないが困ってはいない菫青は、泣き笑っていた。


 次の夜。部屋で布団を敷いていた。

「水晶。まだ起きるか?」

「今日は寝る。昼夜逆転していて悪いな」

「気にしていないよ」

 明かりを消して、二人とも自分の寝床に入る。

 天井を眺めていた菫青が、まだ眠気の来ていない水晶に顔を向けた。

「そうだ。昨夜は答えられなかったけど」

「なんだ?」

 水晶は目を閉じたまま返事をした。

「僕は水晶が幸せでいてほしい。だから、水晶のことを強く思っているよ」

「そうかよ」

「そう。じゃあ、おやすみなさい」

 それきり菫青は何も言わなくなって、次第に安らかな寝息が聞こえてきた。

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