写真

「そうだ。タバコの他にも初めての経験をしたんだ」


「か、カメラ?」

 咳き込みながら、菫青きんせいは友人の一人に聞き返した。

 趣味が写真であるその男が、良いカメラを手に入れたから皆を撮影したいと言う。

 何枚かを写真に収めて、現像したら見せる約束をした。


「ほら、水晶すいしょう。あの時の写真だよ。一枚くれたんだ」

 数日経って、菫青が一枚の写真を見せた。

 写真の中の菫青は、友人と楽しそうに酒を酌み交わしている。


 しばらく後、水晶が菫青と店で酒を飲んでいると、かの写真好きの男に出くわした。

青林あおばやしじゃないか。そっちが……」

いずみだよ」と菫青。

 学校でも滅多に会わない水晶は、男にとっては初対面のようだった。

「これは珍しいな。良ければ記念に一枚撮らせてくれないか」

 水晶は嫌そうな顔をした。

「撮って何になる」

「撮ってもらいなよ。彼の腕が確かなのは君も知ってるだろう」

 菫青がなだめると、男もニコニコと両手を合わせてきた。

「泉さんよ、悪いようにはしないぜ。アンタは絵になる」

 二人から頼まれて折れた水晶は、カメラなど無いように振る舞っていた。


 水晶の写真を下宿に持ち帰った。

「よく撮れている」と、菫青は嬉しそうにしていた。

「まさか水晶が応じてくれるなんて」

「お前が乗り気だったからな。どうしてあんなに?」

「だって、もうすぐ会えなくなるだろ。水晶を思い出したいからね」

「菫青。この写真、持っておくつもりか?」

「あ……嫌だった?」

 菫青が寂しそうにすると、水晶は大口を開けて笑い出した。

「いいよ。じゃあ、俺がお前のを持っていく。後生大事にな」

 水晶は幸せそうに笑っている。

「惜しいな。今の水晶の顔を写真に残したかったよ」

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