好物

 菫青きんせいが夕食の膳を、階下から部屋に運び入れた。

 二つ目の膳を机に置いて、水晶すいしょうと向かい合わせに座る。

「いただきます」

 菫青が汁物に口を付けると、水晶ものっそりと箸を手に持った。

「菫青。米もっと食ってくれ」

「いいけど、おかずはちゃんと食べなよ」

「米だけ貰ってくれればいい」

 水晶が自分の茶碗の中の米を半分ほど、箸で菫青の茶碗に移した。

 今日、水晶は体調不良から回復して学校に行けた。

 それでも、咀嚼や箸の動きは緩慢である。

「お前は米が好きだよな」

「うん。でも、さすがに今日はおかわりしないよ」

「嫌いな食い物はあるのか」

「好き嫌いは無いな。水晶は?」

 水晶は自分の膳に目を落とした。

「……高野豆腐の煮物」

 菫青が静かに笑った。

「じゃあ、弱っている水晶には、僕の煮物をあげよう」

「ははは。俺への積年の恨みか」

「大好物なのを知っているよ。それに水晶に恨みは無い」

 手を付けていない煮物が入った小鉢を、水晶の膳に移そうとした。

「好物だが、いらんぞ。米も食えないし」

 断られた菫青は、自分の膳に小鉢を戻す。

「それで、水晶の苦手なものは」

「俺も思い付かなかった」

 食事の最後に、水晶は残しておいた小鉢を空にした。

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