宝石

晶太郎しょうたろう。僕のことは気軽に名前で呼んでほしい」

「まあ、青林あおばやしさんがいいなら、菫青きんせいと呼びましょう」

「もちろん、呼びやすい方でいいから。僕も『いずみさん』の方がいいならそう呼ぶ」

「俺のことは、別に好きに呼べばいいんですよ」

「嫌じゃなければ……水晶すいしょうって呼んでいいかな?」

「何のあだ名ですか」

「えっと、泉晶太郎、だろ? 泉の下は水で、苗字と名を繋げると水晶になるから」

「まあ、気にせんですよ」


 体調を崩して寝込んだ水晶の頭は、かつての会話を思い出していた。

 菫青は学業の課題をこなす机を隔てながら、時折心配そうに水晶に目を向ける。

 二人の目が合った。

「こっち見る余裕があるなら、勉強してろ」

「今日中には終わる。徹夜も必要ないから、僕のことは気にしないで」

「課題の心配じゃない。今のお前、俺の臨終を見る目をしているぞ」

「水晶が死ぬとは思っていない。季節の変わり目は体を壊しやすいものだ。休めば治る」

 はっきりと言った菫青だが、一旦口をつぐんでしまう。

「だからって、水晶が苦しそうにしていると不安になる」

「お人よしは損だぞ。青林さん」

「何だい、その呼び方は?」

「昔の呼び方を思い出していたんだ」

 だるそうにしつつも、水晶は笑った。

「お前が俺を水晶、水晶と呼ぶから、晶太郎より馴染んじまったよ。俺みたいな水晶の塊でも見たことあるのか?」

「僕は本物の水晶は見たこと無いよ」

 菫青の頭の中で、体が硬く透明になっている水晶の姿が浮かんだ。

「お前はガラス玉を宝石だと騙せそうだ」

 菫青はむっとした。

「今のところ、ニセの宝石を売りつけられる危険は無いよ。美しい色合いの飴玉の方が美味しいし、よっぽど好きだ」

「花より団子だな」

 二人でいつものように楽しく話す。

 水晶が血の通った、生きている人間であることが、今の菫青には特に嬉しかった。

「早く良くなれよ。水晶」

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