部屋の壁にもたれて座る菫青きんせいは、水晶すいしょうが貸した小説を読んでいる。

 朝から読んでいて、もうすぐ昼。なかなか面白い。

 夕方になって、水晶が帰宅した。

「おかえり」

「おう。それ読んでたのか」

「半分は読んだよ」

 水晶は畳に腰を下ろす。

 菫青は、本にしおりを挟んで机に置いた。

「水晶はこれ、読み終えるのに何日かかった?」

「一日」

「いいなあ、早く読めて。僕は休み休みでも一日中読んで、やっと半分」

「早読みの何が羨ましい?」

「同じ時間で沢山の本が読めるじゃないか」

「本より必要なものは、世の中に多くある」

「水晶は今日だって古書屋の仕事をしてきたのに、本に酷い言い方をする」

「顔突き合わせるなら人より本のがマシだから選んだ仕事だ。まあ、人付き合いからは逃げられなかったが」

 ため息をついた水晶に、「ちょっと待ってて」と告げて立ち上がった菫青は部屋を出た。

 やがて、どたどたと階段を上る音がして、部屋の扉が開いた。

「麦茶だよ」

 菫青は二人分の湯飲みを載せた盆を机に置き、一つを水晶の前に出した。

 水晶は、湯飲みの中の冷たい麦茶を少し飲んだ。

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