第17話 物理法則のアップデート完了
漆黒の霧が世界樹を飲み込み、校舎の屋上がデジタルノイズのように点滅して消えていく。来場者たちがパニックに陥る中、康太だけはタブレット端末のキーボードを叩くような速さで、虚空に指を走らせていた。
「佐藤君、早く! このままじゃ学校どころか、千葉県が……日本が消えちゃうわ!」
足元が透け始めた凛が、康太の腕を掴む。
「分かってるって。でもこれ、ただ消すだけじゃダメなんだ。今の宇宙の『容量』が、僕の錬成術に対して小さすぎるのが原因だから……。だったら、宇宙のバージョンを上げればいい」
「宇宙のバージョンを上げる……!? 何を言ってるのよ!」
「OSをアップデートする時と同じだよ。物理法則っていう古いシステムを、僕の術式を標準搭載した新しいシステムに書き換えるんだ」
康太が掲げた魔導杖の先から、まばゆい白光が爆発した。
その光は文化祭の会場を飲み込み、日本を覆い、地球を包み、瞬く間に太陽系、銀河系、そして全宇宙の果てまで到達した。
『――世界システム:再構築(リブート)中……』
『――既存の物理定数を削除。新規定数「佐藤の法則」を適用……』
一瞬、全ての音が消えた。
次の瞬間、崩壊していた世界樹が、より鮮やかな、より実体感のある姿で復元された。消えかかっていた校舎も、驚いていた人々も、何事もなかったかのようにそこに存在している。
だが、決定的な違いがあった。
「……あら? 指を鳴らしたら、お茶が出てきたわ?」
売店で並んでいたおばさんが不思議そうに呟く。
「本当だ! 念じれば、重力制御で体が浮くぞ!」
これまでは康太の『錬成』によって無理やり曲げられていた世界の理が、今や『宇宙のデフォルト設定』になったのだ。誰でも、ほんの少しのコツさえ掴めば、魔法のような物理現象を引き起こせる世界。
「……やったね。これで、僕が一人で全部やらなくても良くなった」
康太は満足げに、消えかけたパンフレットをポケットに突っ込んだ。
「……佐藤君。あなた、とんでもないことをしてくれたわね」
文化祭の喧騒が続く中、凛が震える声で言った。
「全人類が錬成師になった。もう、誰もあなたのことを『特別』だとは呼ばなくなるわ。それでもいいの?」
「それがいいんだよ。僕一人で世界を救うなんて、疲れちゃうし。みんなで適当にやりたい放題やって、それで便利になるなら、最高だろ?」
康太はそう言って、健が持ってきた『錬成焼きそば』を頬張った。
その時、空の向こうから、一艘の巨大な、しかしどこか見覚えのある『空飛ぶ軽トラ』が降りてきた。父・俊が、仕事帰りに文化祭を覗きに来たのだ。
「よお康太! 宇宙のバージョンが上がったって聞いたけど、軽トラの燃費がさらによくなったぞ!」
「あはは、よかったね父さん!」
もはや『異世界知識』も『錬成師』も関係ない。
誰もが『やりたい放題』を謳歌し、不可能が消滅した新しい地球。
そこで康太は、ただの『ちょっと技術に詳しい高校生』として、笑いながら日常へと戻っていった。
数年後、火星の大学へ『空飛ぶチャリ』で通学する康太と凛の姿があった。
新しい物理法則に慣れた人類にとって、宇宙はもはや隣町のようなもの。
康太の物語はここで一段落だが、彼が書き換えた世界では、今日もどこかで誰かが『やりたい放題』な新発明を生み出し続けている。
技術転生。現代に錬成師として生まれた僕はやりたいように生きる。 空落ち下界 @mahuyuhuyu
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