第16話 文化祭リベンジ。学校──異世界になる。

不老不死と無限のエネルギーを手に入れ、物理的な悩みが消滅した人類に訪れたのは、史上最大の『退屈』だった。

 そんな中、佐藤家が通う聖鳳高校では、ある一大イベントが迫っていた。文化祭である。

「康太、去年のリベンジだ! あの時はお前の『天使の衣装』で終わっちまったが、今年は俺たちのクラスが主役、いや、世界(・)の中心になるんだ!」

 健が鼻息荒く、クラス会議で宣言した。出し物は『体験型ファンタジーRPG』。しかし、康太が関わる以上、それがダンボールの迷路で終わるはずがなかった。

「……分かったよ。みんな最近、平和すぎて刺激が足りないみたいだしね。ちょっと『本物』を用意するよ」

 文化祭当日。

 校門をくぐった来場者たちは、自分の目を疑った。

 そこにあるはずのコンクリートの校舎は消え、雲を突き抜けるほど巨大な「世界樹」と、浮遊する島々に囲まれた中世ファンタジーさながらの王城がそびえ立っていたのだ。

「佐藤君……。これ、やりすぎなんてレベルじゃないわよ」

 凛は呆然と天を仰いだ。彼女の衣装は、康太が錬成した『伝説の聖女セット』。装備するだけでステータスがカンストし、指先から治癒魔法(ナノマシンによる細胞再生)を放つことができる。

「大丈夫だよ、学校の敷地内だけ空間を拡張して『異世界レイヤー』を重ねただけだから。一歩外に出れば普通の千葉県だよ」

 校庭には、康太が遺伝子錬成で作り出した、人懐っこいミニドラゴンや、喋る植物たちが闊歩している。来場者には受付で「職業(ジョブ)」が割り振られ、スマホのカメラをかざすと、自分の周囲に本物の魔法エフェクトが表示され、実際に火や水を出せる(分子操作)ようになっていた。

「うおおお! 見ろよ、俺の指から本物のファイアボールが出た!」

「こっちの回復薬(ポーション)、めちゃくちゃ美味しいマスカット味だぞ!」

 SNSは再びパンクした。世界中から「本物の魔法を体験したい」と人々が押し寄せ、元ガソリンスタンドのワープゲートはフル稼働状態。もはや文化祭ではなく、国家的な万博と化していた。

 だが、その熱狂の最中、空の色が不自然に歪んだ。

 

「……? 演出じゃないな、これ」

 康太が空を見上げる。

 世界樹の天辺付近、空間に「ひび」が入り、そこから漆黒の霧が溢れ出してきた。それは康太が持ち込んだ異世界技術が、現代の物理法則とあまりに乖離しすぎたために生じた『世界のバグ』――因果律の崩壊だった。

「佐藤君、あれは何!? モンスターなの!?」

「いや……この世界のシステムが、僕のやりたい放題に耐えきれなくなって、自分を『初期化』しようとしてるんだ」

 漆黒の霧は、触れたものを「無」に帰していく。康太が作ったお城も、ドラゴンも、そして学校の校舎さえも、データが消えるように消滅し始めた。

「……なるほど。やりすぎると、OSごとクラッシュするってわけか。だったら――」

 康太は笑みを浮かべ、手に持っていた文化祭のパンフレットを丸めた。

「『世界』をアップデートして、この技術が『当たり前』の物理法則になるように書き換える。それしかないよね」

 康太は、文化祭の出し物として作った『最強の魔導杖(自作)』を高く掲げた。

 ついに彼は、一人の発明家の枠を超え、この宇宙の『根源的なプログラマー』としての役割を、無自覚に引き受けようとしていた。

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