第15話 病気は錬成で治るってよ

『どこでもドア』化した元ガソリンスタンドのおかげで、世界中の物流と移動の概念が崩壊し、再構築されてから数日。康太の自宅ガレージには、今や世界中から感謝の手紙と、一部の特権階級からの罵倒のメールが山のように届いていた。

 そんな喧騒をよそに、康太は母・玲那がこぼした何気ない一言を気に病んでいた。

「……最近、おばあちゃんの腰痛がひどくてね。病院に行っても『加齢ですから』って言われるだけなのよ。歩くのが辛いって電話で泣いてて……」

 康太にとって、月を改造することよりも、祖母の涙を止めることの方が優先順位は高い。

「……よし。要は、細胞の結合が弱まって、神経に余計な信号が飛んでるだけでしょ? だったら、分子レベルで『新品』に書き換えればいいんだ」

 翌日。康太がガレージから運び出したのは、どこにでもある『カプセル型のマッサージチェア』に見える物体だった。

「佐藤君。……今度は何をする気?」

もはや驚く気力も失いつつある凛が半眼で尋ねる。

「『分子構造最適化ポッド』。中に入って30秒寝るだけで、体内の異常細胞――ガン細胞とか、劣化した軟骨組織とか、蓄積した老廃物を全部スキャンして、健康な時の状態に再構成(錬成)するんだ」

「……。それ、医学の敗北どころか、死神が失業するレベルの発明よ?」

 康太は気にせず、まずは近所に住む祖母を呼び寄せた。

 杖をつき、一歩歩くごとに顔をしかめていた祖母が、ポッドから出てきた瞬間。

「……あら? あらら!? 康太、背中がシャキッとしてるわ! 痛くない、どこも痛くないわよ!」

 祖母は杖を放り投げ、その場で小躍りを始めた。肌にはツヤが戻り、視力まで回復したのか「新聞の文字がハッキリ見える!」と大はしゃぎだ。

 この様子を健がライブ配信しなかったはずがない。

『【速報】全病気、終了のお知らせ。高校生が全自動不老不死マシン作ってみた』

 動画が拡散されるやいなや、世界中の病院、製薬会社、そして余命宣告を受けた大富豪たちが、凄まじい勢いで佐藤家にコンタクトを図ってきた。

「佐藤氏! その技術を独占させろ! 兆単位の金を払う!」

「いや、人類のためにまず我が国の国営病院に導入すべきだ!」

 殺気立つ大人たちに対し、康太はガレージのシャッターを開け、マイクを握った。

「独占とか面倒なこと言わないでください。これ、設計図と『術式アプリ』を全家庭の3Dプリンター――あ、僕が昨日無料配布した『分子錬成プリンター』に送信しておきました。誰でも自宅で、タダで作れますよ」

「……なっ!?」

 大富豪たちが絶句する。数兆円の価値があるはずの「不老不死」の技術が、康太の手によって、一瞬にして「家庭の常備薬」レベルにまで価値を暴落させられたのだ。

「佐藤君……。あなた、医療業界の数百万人の雇用を奪った自覚ある?」

「でも、病気で苦しむ人がいなくなる方がいいでしょ? 仕事がなくなった人たちは、空飛ぶ車で火星のリゾートにでも遊びに行けばいいし」

 康太はそう言って、祖母と一緒に縁側でお茶を飲み始めた。

 不老不死さえも『日常』にしてしまった康太。しかし、死の恐怖を克服した人類は、今度は「あまりにも暇すぎる」という新たな問題に直面することになる。

「……よし。みんな暇そうだし、次の文化祭は、学校まるごと『異世界』に変えちゃおうかな。本物のドラゴンとか召喚してさ」

 康太の好奇心は、ついに『現実』を『ファンタジー』へと侵食させようとしていた。

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