第13話 渋滞を飛び越せ! 空飛ぶ軽トラの衝撃

月面都市や火星改造といった『天文学的スケール』の活動から一転、康太は自宅ガレージの油の匂いの中にいた。

「よし、これで父さんの軽トラも『現代仕様』だ」

 康太が最後にネジを締め直したのは、父・俊が愛用する年季の入ったスズキのキャリイ。見た目はあちこち凹んだただの軽トラだが、その床下には火星のピラミッドで見つけた『高密度重力石』を加工した反重力ユニットが組み込まれている。

「康太、本当にこれで通勤するのか……? 警察に捕まらないか?」

 俊がおそるおそる運転席に座る。

「大丈夫だよ父さん。外見は変えてないし、タイヤも一応回るようにしてあるから。ただ、アクセルを深く踏むと『高度』が上がるようになってるんだ。渋滞に捕まったら、そのまま空を飛んで会社に行ってよ」

「いや、そんな気軽に……」

 俊が半信半疑でエンジンをかける。

 その瞬間、ガタガタと震えていた車体から振動が消え、軽トラは音もなく地上十センチの位置で静止した。

「いってらっしゃい、父さん。あ、速度制限は一応マッハ一に設定してあるから、出しすぎないでね」

「マッハ一!? 軽トラでか!?」

 その日の朝。国道十六号線は、いつものように絶望的な通勤渋滞に包まれていた。

 

「はぁ……。今日も会議に間に合いそうにないな」

 俊はハンドルを握りながら溜息をつく。ふと康太の言葉を思い出し、彼はアクセルを少し強めに踏み込んでみた。

 次の瞬間、軽トラのタイヤが路面を離れた。

 周囲のドライバーが目を剥く中、ボロい軽トラが垂直に十五メートルほど上昇。そのまま、動かない車列の上を滑るように加速し始めた。

「う、浮いてる! 本当に浮いてるぞ!」

 俊がハンドルを切ると、軽トラは物理法則を無視した慣性制御により、急旋回しても体が揺れることすらない。時速百キロ、二百キロと速度を上げても、車内は図書館のように静かだった。

 この光景を、周囲のドライバーや登校中の高校生たちが放っておくはずがない。

「おい! 軽トラが空飛んでるぞ!」

「マジかよ、ドローンか!? いや、おっさんが乗ってる!」

 SNSには『#空飛ぶ軽トラ』のハッシュタグと共に、凄まじい速度で空を駆けるキャリイの動画が溢れかえった。

「……佐藤君。またやったわね」

 学校の屋上で、凛がスマホの画面を康太に見せる。そこには、俊の軽トラがニュース番組のヘリに追跡されながら、悠々とビルの間を通り抜ける映像が映っていた。

「あ、父さん、結構楽しんでるみたいだね。良かった」

「『良かった』じゃないわよ! 国土交通省と警察庁がひっくり返ってるわ。航空法はどうなるの、免許はどうするのって、私のところに問い合わせが殺到してるのよ!」

 凛は頭を抱えるが、康太はどこ吹く風で、今度は手元の古いスマホをいじっていた。

「神代さん。渋滞って、みんなが同じ平面を走るから起きるんだよ。だったら、みんなが空を飛べば解決だろ? だから、この『飛行制御アプリ』を一般公開しようと思うんだ」

「……はい?」

「このアプリを入れたスマホをダッシュボードに置けば、どんなボロ車でも反重力で浮いて、自動で衝突を回避するようになる。これ、無料でダウンロードできるようにしといたから」

「待ちなさい、佐藤康太!! それを今すぐ公開したら、世界の自動車産業と物流システムが一夜にして崩壊するわよ!」

「崩壊じゃないよ。アップデートだよ」

 康太がスマホの『公開』ボタンをタップした。

 その瞬間。日本中の、そして世界中の駐車場で、古いセダンやボロいトラックが次々とふわりと浮き上がり始めた。

 文明の『手先』を無理やり進める男、佐藤康太。

 彼のやりたい放題によって、人類はついに『地面』という呪縛から解き放たれようとしていた。

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