第11話 地球軍来襲――ただし、お呼びじゃない。

火星が緑の惑星へと変貌を遂げてから三日。

 康太の別荘(火星支店)のリビングでは、全自動錬成機が作り出した最高級のコーヒーを飲みながら、康太と健がゲームに興じていた。

「よし、火星・地球間の通信ラグも完全消失。これでオンライン対戦も快適だな」

「最高だな康太。……けどさ、窓の外、えらいことになってねーか?」

 健が指差す先、火星の青い空の向こう側に、無数の『光』がまたたいていた。

 それは星ではない。地球から射出された、人類史上最大規模の連合艦隊。各国の最新鋭原子力空母を宇宙用に急造・改造し、核弾頭を積んだミサイルをこれでもかと搭載した『康太抹殺・技術奪還部隊』だった。

「佐藤君、のんきにゲームしてる場合じゃないわよ!」

 凛がモニターをバンバンと叩く。そこには、国連事務総長の声明が流れていた。

『佐藤康太氏による独断的な惑星改造は、人類の安全保障に対する重大な挑戦である。同氏が直ちに全ての技術を放棄し、武装解除に応じない場合、我々は断固たる措置を執る……!』

「断固たる措置って……。せっかく住めるようにしたのに、壊しに来るなんて勿体ないなあ」

 康太はコントローラーを置くと、重い腰を上げた。

 火星の軌道上に展開した連合艦隊、総数三〇〇隻。

「目標、火星上の『サトウ別荘』。超長距離レールガン、斉射準備。……放てッ!」

 宇宙空間を、マッハ数十の速度で巨大な金属弾が駆け抜ける。一発で都市を壊滅させる威力の弾丸が、康太の自宅へ向かって雨あられと降り注いだ。

 だが。

「あ、ちょうどいいや。庭の自動散水機を少し改造したんだ」

 康太が庭に設置された『ノズル』の角度を調整した。

 ノズルから放たれたのは、水ではなく、極小の『空間歪曲フィールド』。

 飛来した巨大な弾丸たちは、別荘に当たる直前で『ぐにゃり』と空間ごと捻じ曲げられ、まるで意思を持っているかのように軌道を変えた。

 そして、その弾丸たちはどこへ行ったか。

「……消えた? いや、あれは――自分たちの艦隊に戻ってるぞ!?」

 空間の出口は、連合艦隊の目の前に繋げられていた。

 自分たちが放った弾丸によって、次々と大破していく地球の艦隊。康太は指一本動かさず、敵の攻撃をそのまま敵に送り返しただけだった。

「危ないから、もう弾丸とか火薬とか、全部『おもちゃ』に変えちゃおう」

 康太はリビングのパネルを操作し、火星軌道上全域に『物理法則書き換え波動』を放射した。

 

 次の瞬間。連合艦隊の全ての兵器から、殺意が消えた。

 発射されようとした核ミサイルは『色とりどりの巨大なクラッカー』になり、兵士たちが構えた自動小銃は『シャボン玉鉄砲』に変わり、艦隊のメインエンジンは『巨大な手回しオルゴール』へと変質した。

 宇宙空間に、優雅な『エリーゼのために』のメロディが響き渡る。

「…………な……」

 モニター越しにその光景を見ていた地球の指導者たちは、椅子から滑り落ちた。

 最新鋭の兵器群が、一瞬にして幼稚園の遊具に成り果てたのだ。

「神代さん。あのおじさんたち、お腹空かせて来てるみたいだから、別荘の庭でバーベキューの準備してあげて。火星産のリンゴ、美味しいよ」

「……もう、軍隊をピクニック部隊に変えるなんて、あなた以外に誰ができるっていうのよ」

 凛は呆れ果てて笑い出した。

 武力という概念が通用しない相手に、地球はついに「戦うこと」の無意味さを悟らされることになった。

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