第10話 星を創る技術と火星の大改造計画

「……こ、これは……」

 康太がピラミッドの扉に触れると、白銀の扉は音もなく内部へとスライドした。

 中に広がるのは、想像を絶する光景だった。

 無数の光の筋が空間を飛び交い、壁には地球の言語では到底理解できない数式や幾何学模様が刻まれている。しかし、康太の頭の中の『声』が、その全てを完璧に翻訳してみせた。

「なんだこれ……星のテラフォーミング計画書? 惑星の核を安定させる方法……大気組成を自在に変える装置……生命体の創造アルゴリズム……」

 康太は、興奮を隠しきれない様子で光のホログラムに触れた。彼の指先が触れるたびに、数万年、数億年単位の宇宙開発計画が、脳裏に直接流れ込んでくる。

「佐藤君、あなた、大丈夫? 顔色が……」

「大丈夫だよ神代さん。ただ、ちょっと情報量が多すぎて、頭がパンクしそうだけど……これ、僕が考えてた『やりたい放題』の、もっと上のバージョンだよ!」

 康太の目に映っていたのは、もはや『家』や『都市』といったスケールではない。

 惑星そのものを生命が住めるように改造し、新しい生命を創造する『星の錬成術』。

 彼がこれまで無自覚に使っていた技術の、さらに上位の概念がそこにはあった。

「健、これさ……」

「おうよ康太! 『高校生、月面で宇宙創造の技術を発見! 火星を緑化してみた!』、これでタイトルは決まりだぜ!」

 健はもう、康太の常識外れの行動に驚くことすら諦め、ただ最高の絵が撮れることに全力を注いでいた。

「ねえ、康太君。このデータ、地球に持ち帰れば、人類の進化が飛躍的に――」

「いや、持ち帰るより、僕が直接使った方が早いし確実だろ?」

 康太はそう言うと、ピラミッドの中心に置かれた巨大なクリスタルに手をかざした。

 その瞬間、クリスタルから放たれた光が康太の全身を包み込み、彼の頭の中にある『錬成回路』が、さらに複雑で膨大なものへと書き換えられていく。

「……よし。これで大丈夫だ。ちょっと火星に行ってみようか」

「は? 火星に? 今から?」

 数時間後。

 ルナ・サトウから飛び立った康太の家は、真っ赤な荒野が広がる火星の大地に着陸していた。

 火星の衛星フォボスとダイモスが、不気味なほど大きく空に浮かんでいる。

「やっぱり赤いなあ。ここも、もう少し緑があった方がいいよね」

 康太は、月面で使ったのと同じ『テラフォーミング用スプリンクラー』を起動させた。

 だが、今回放出されたのは、以前よりもはるかに強力な光の粒子。それが火星の大気とレゴリスに降り注ぐと、これまで数十年、数百年かかると言われていた火星改造計画が、たった数時間で完了していく。

 赤かった大地が、みるみるうちに生命の色を帯びていく。

 大気組成は地球と同じになり、極地の氷は溶けて巨大な海を形成し、そこには青々とした草木が生い茂り始めた。

 空には白い雲が浮かび、心地よい風が吹く。

「……冗談でしょ。一晩で、火星が地球になったわ」

 凛はもはや、言葉を失っていた。

「うん。せっかくだから、ここに僕の別荘も作っておくか。今度は温泉じゃなくて、湖畔にしようかな」

 康太はそう言うと、火星の地面にチョークで建物の輪郭を描き始めた。

 彼の指先一つで、文明の常識どころか、惑星の歴史そのものが書き換えられていく。

「なあ康太! これ、地球で見たら、人類どうなっちまうんだ!?」

 健が震える声で尋ねる。

「どうなるって……。火星にも住めるようになるから、人口過密問題とか、食糧問題とか、一気に解決するんじゃない? 便利になって、みんな喜ぶだろ」

 康太は無邪気に笑った。

 だがその頃、地球の国連本部では、火星に突如として現れた『緑の惑星』を巡って、人類史上に残る大パニックが起きていた。

 もはや彼の行動は、地球の平和利用の範疇を遥かに超え、新たな『宇宙文明』の創造者として、人類全体に突きつけられていたのだ。

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