第7話 月面リゾートと各国の視察団
「……もう、どうにでもなれ」
凛はソファに深く沈み込み、モニターの中で泡を食っている各国首脳の顔を眺めていた。
彼女がこれまで積み上げてきた『常識』という名の城壁は、康太が月面に湧き出させた温泉の湯気と共に、綺麗さっぱり消えてなくなっていた。
「佐藤君、事務総長たちが無言で固まってるわよ。少しはフォローしなさい」
「え、フォローって言われても……。あ、そうだ。せっかくなら皆さん招待しようよ。宇宙船出すの面倒だろうし、こっちから迎えに行くから」
康太はリビングのテーブルに置いてあったタブレットを指先で弾く。画面には、彼が数時間前に設計したばかりの『汎用転送門(ワープゲート)』の座標設定画面が表示されていた。
「神代さん、国連本部の広場と、主要国の首相官邸に『迎え』を出したよ。一分後に開くから」
「……は? 迎えって、まさか……」
一分後。ニューヨークの国連本部。
武装した警備員たちが取り囲む中、広場の中心に一点の曇りもない鏡のような『光の輪』が出現した。
『月面温泉、ただいま空いてます。 ――佐藤康太』
という、あまりにもふざけた手書きのホログラムと共に。
混乱と恐怖が渦巻く中、最初にその門をくぐったのは、神代凛の父であり神代財閥の総帥・神代俊だった。
「……康太君。君という男は、私の想像を遥かに超えすぎる」
彼を筆頭に恐る恐るゲートをくぐり抜けた各国の代表団は、次の瞬間絶句した。
そこは、空気があり、重力があり、心地よい風が吹く月面。
目の前には、洗練されたデザインの邸宅と、湯気を立てる巨大な岩風呂。そして、高校生らしいTシャツ姿の康太が、桶を持って立っていた。
「いらっしゃい。あ、靴はそのままで大丈夫ですよ。この土、汚れがつかないように加工してあるんで」
視察団の一人、NASAの技術局長が膝をつき、地面の砂(レゴリス)を手に取った。
「ありえない……。レゴリスが、分子レベルで安定化している。これは、我々が数百年かけても到達できないテラフォーミングの極致だ……!」
ロシアの軍事関係者が、家の周囲に展開されている「次元断層シールド」を素手で触ろうとして、指が反対側の空間から出てくるのを見て腰を抜かしている。
「佐藤氏。我々は、貴殿のこの……『魔術的』な技術の公開を要求する。これは人類全体の共有財産であるべきだ」
アメリカの代表が、震える声で政治的な圧力をかけようとした。しかし、康太は首を傾げて答えた。
「共有って、別にいいですよ。作り方教えますか? 意外と簡単ですよ、この『空間歪曲エンジン』。……ただ、材料に僕の頭の中にある『文字』を読み込ませる必要があるんですけど。あ、皆さんは読めないんでしたっけ」
康太が指先で空中に文字を描くと、そこには現代のいかなる言語体系にも属さない、しかし見ているだけで脳が揺れるような複雑な『理(ことわり)』が浮かび上がった。
「……っ!? 目が、目が潰れる!」
「脳に直接、情報が流れてくる! 止めろ、解析不能だ!」
科学者たちが次々と悲鳴を上げて目を逸らす。
康太の持つ技術は、ただの『知識』ではない。彼の魂に刻まれた『異世界の法則』そのものなのだ。それを理解できない者にとって、彼の技術はただの『神の領域』でしかなかった。
「皆さんも大変ですね。そんな難しい顔してないで、お風呂入ってくださいよ。月を見ながらの月見風呂最高ですよ」
康太が笑って温泉を指差すと、これまでの緊張感が嘘のように霧散した。
結局、世界最高の知能と権力を持つ男たちは、高校生の作った『月面リゾート』で裸の付き合いをさせられる羽目になった。
その様子を動画で配信していた健のチャンネル登録者数は、ついに十億人を突破。
『現代文明』が、康太という一人の少年の『わがまま』によって、完全に別の方向へと舵を切らされた瞬間だった。
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