第5話 一晩で建つ宇宙行きマイホーム

「……ここ、神代家の私有地なんだけど。本当にここでいいの?」

 週末、都心から少し離れた神代財閥所有の広大な山林。

 凛は、目の前に広がる何もなかったはずの更地を見渡した。そこには今、巨大なホームセンターから運び込まれた建材や、どこから調達したのかも分からないスクラップの山が積み上げられている。

「うん、ここなら近所迷惑にならないしね。健、カメラの準備は?」

「おう! ドローン3機で全角度から撮ってるぜ。タイトルは『高校生が一人で空飛ぶ家を作ってみた』だ。歴史が動く瞬間を世界に配信してやるよ!」

 健が興奮気味にタブレットを操作する。

 康太はと言えば、作業着のポケットから一本のチョークを取り出し、地面に何やら奇妙な幾何学模様――錬成陣を描き始めた。

「佐藤君、家を建てるのよね? 重機は? 職人さんは?」

「いらないよ。材料はあるし、設計図は頭の中にあるから」

 康太が地面に手を触れた。

 その瞬間、山全体が微かに震動した。

「……ッ、何が起きてるの!?」

「『分子結合・再構成』。鉄クズから不純物を取り除いて、炭素と合成して超硬度カーボンナノチューブに変換するんだ。あとはこれを、重力制御で組み立てていく」

 凛と健が目にしたのは、悪夢か魔法か、あるいは神業か。

 積み上げられていた鉄屑やコンクリートが、まるで意志を持っているかのように空中へ浮かび上がり、複雑なパズルのように組み合わさっていく。火花も、騒音もない。ただ、空中に描かれた青白い光の線に沿って、家の形が形成されていくのだ。

「壁の内部には、この前の『空間冷却装置』を大型化したものを埋め込んで……。動力源は、空気中の魔素――じゃなかった、暗黒物質を直接エネルギーに変える『永久機関』でいいかな」

「さらっと永久機関とか言わないで! 物理学者が全員泡吹いて倒れるわよ!」

 凛の絶叫をBGMに、康太の手によって、家は凄まじい速度で完成へと近づいていく。

 外見は、白を基調としたシンプルでモダンな邸宅。しかし、その窓ガラスは核シェルターよりも硬く、屋根には大気圏突入時の摩擦熱を完全に吸収する特殊なセラミックが錬成されている。

「よし、外装は終わり。あとは……そうだ、防衛システムもつけとこう。この前のテロリストみたいなのが来ても面倒だし」

 康太がパチンと指を鳴らす。

 家の周囲の空間がわずかに歪んだ。

「佐藤君、今度は何をしたの?」

「『次元断層シールド』。僕が許可した人以外は、この家に触れることすらできないんだ。物理的な攻撃も、レーダーも、全部別の次元に受け流しちゃうから。……あ、アマゾンの配達員さんだけは通れるように設定しなきゃ」

「そこだけ生活感出さないでよ!」

 作業開始からわずか数時間。太陽が沈み、月が昇る頃には、そこには『世界で最も安全で、最も非常識な住宅』が鎮座していた。

「完成。……じゃあ、ちょっとテスト走行してみようか」

「テスト走行? 家なのに?」

 康太が玄関のドアノブ横にあるパネルを操作すると、家全体が『ふわっ』と浮き上がった。

 ヘリコプターのような轟音も、ジェットエンジンのような熱風もない。巨大な質量が、羽毛のように軽々と高度を上げていく。

「ちょ、ちょっと! 本当に浮いてる! 高い、高いわよ佐藤君!」

「大丈夫だよ神代さん。慣性制御を効かせてるから、中にいても揺れは感じないはずだ。……せっかくだし、月まで行ってみる? 10分くらいで着くと思うけど」

「10分で月!? アポロ計画の努力は何だったのよ!」

 夜空を切り裂き、白い光の筋を引いて上昇する『佐藤家』。

 その光景は、各国の偵察衛星によって即座に検知され、ワシントン、モスクワ、そして北京の司令部に激震を走らせた。

「……まあ、これでようやく静かに暮らせるかな」

 月をバックに、康太は満足げにコーラを一口飲んだ。

 だが彼はまだ気づいていない。この『引っ越し』が、地球上のあらゆる国家が彼の技術を求めて本格的に動き出す、狂騒の始まりであることを。

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