第十回:『神凪(かんなぎ)の遺産と、蝮の遺言』

濃姫の背から生えていた銀色の触手は、葵の放った浄化の光によってボロボロに焼け落ち、地面でピクピクと跳ねた後に動かなくなった。 「……信じられません。父上の『毒』を、これほど容易く……」 膝をつき、肩で息をする濃姫を見下ろしながら、信長は長銃の銃口を彼女の眉間にピタリと合わせた。


だが、葵の意識は別の場所にあった。 ウイルスをクリーンアップした直後のスマホ画面に、見たこともない通知が表示されていたのだ。


[SYSTEM: CRITICAL DATA FOUND IN DEEP SECTOR] [USER IDENTIFIED: KANNAGI BLOODLINE] [UNSEALING HIDDEN FILE... 'GENESIS_LOG']


「何これ……。お父さんもおじいちゃんも、こんなの教えてくれなかった……」 画面には、葵の実家である神凪神社の古い古文書が、高解像度のデータとしてスキャンされ、複雑な「設計図」へと変換されていく様子が映し出されていた。


それを見た果心居士が、老体とは思えない速さで葵の横から画面を覗き込む。 「……おお、おおおっ! これは……機巧の設計図ではない。この世界そのものの**『地脈(レイライン)』の制御コード**ではないか!」


果心居士が震える声で説明するには、神凪神社はただの神社ではなく、この世界のエネルギーを管理するための「中央制御室」だったというのだ。そして葵のスマホは、その制御室にアクセスするための「鍵」として、代々受け継がれてきたものだった。


その時、倒れていた濃姫が、血を吐きながら力なく笑った。 「……クク、やはり……。父上が欲したのは、織田の領地などではない。葵、あなたの血に眠る『管理者権限』……それこそが、美濃の蝮が最後に狙った獲物……」


「道三はどこだ」信長の冷徹な問いが飛ぶ。


「父上は……既に稲葉山城の地下、最深部におられます。あの方は……人間を辞め、この世界そのものと『同期』しようとしています……」


その言葉と同時に、遠くに見える稲葉山城から、天を突くような黄金の光柱が立ち上がった。大地が激しく揺れ、葵のスマホの画面に恐ろしい警告が走る。


[WORLD INTEGRITY: DEGRADING] [ESTIMATED TIME TO SYSTEM COLLAPSE: 24:00:00]


「……世界が、壊れる?」 葵はスマホを握りしめた。 今までただの「便利ツール」だと思っていたものが、この狂った戦国の終焉を司る「スイッチ」へと変わろうとしていた。


信長は黄金の光を見つめ、不敵に笑いながら葵の肩を掴んだ。 「面白い。この世界が壊れるか、俺が新たな神として君臨するか……葵、最後のハッキングの時間だ」


戦国パンク・ファンタジー、物語はついに美濃の最深部、世界崩壊のカウントダウンへと突入する。

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時空の巫女と機巧の戦場 Juyou @gtoair2446890

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