第八回美濃の蝮(マムシ)と、生体機巧(バイオ・ギミック)』

清州城の地下に設置された巨大水車が、唸りを上げて回転している。 果心居士が改良した魔導変圧器を通じて、奔流のような「電気」が葵のスマホへと流し込まれた。


[CHARGING... 45%] [OS: AMATERASU - STABLE] [NEW REGION DATA DOWNLOADED: MINO PROVINCE]


「よし……動く」 葵は画面をスワイプし、次なる目的地「美濃」のマップを展開した。しかし、そこに表示された地形データを見て、彼女は眉をひそめた。


「信長さん、これを見て。美濃の稲葉山城の周辺……熱源反応がおかしい。機械の熱じゃなくて、もっと生々しい……生物的なエネルギーが渦巻いてる」


「……道三のジジイめ、ついに禁忌に手を染めたか」 信長は不敵に笑い、腰の魔導長銃を確認した。


美濃の国主・斎藤道三。「美濃の蝮」と恐れられるその男が作り上げたのは、今川軍のような巨大な鉄の塊ではなかった。彼が追求したのは、動植物の細胞に直接魔導回路を組み込み、その生命力を爆発させる**「生体機巧(バイオ・ギミック)」**の技術だった。


数日後。織田軍が美濃の国境を越えた瞬間、森が「動いた」。


「な、何あれ……植物なの!?」 葵が叫ぶ。 目の前の巨木たちが、機械の駆動音を立てながら根を引き抜き、巨大な多脚戦車のように進軍してきたのだ。樹皮の下には血管のような赤い回路が脈打ち、枝の先からは高圧の酸性液が噴射される。


「ひえぇ! 踏み潰される!」 藤吉郎が義手のブースターを噴射し、葵を抱えて飛び退く。


「うろたえるな! 葵、その板で奴らの『脳』を探れ!」 信長の号令が飛ぶ。葵は震える指でスマホを操作し、生体機巧兵の内部構造を解析した。


[SCANNING... BIOLOGICAL NODE DETECTED] [WEAKNESS: CENTRAL NERVOUS CORE]


「あの木の幹の……三メートル上のあたり! そこに神経が集まってるコアがある!」


信長が跳躍し、空中で長銃を連射する。正確に撃ち抜かれたコアから緑色の体液が吹き出し、巨木たちは断末魔のような音を立てて崩れ落ちた。


しかし、真の恐怖はその後に現れた。 森の奥からゆっくりと姿を現したのは、銀色の髪を持つ一人の美女。彼女の背中からは、いくつもの生体触手が翼のように生え、その先端には機巧化された目玉が埋め込まれていた。


「お久しぶりね、帰蝶(きちょう)。……いや、今は『道三の最高傑作』と呼ぶべきかしら」 信長の声に、女——**濃姫(帰蝶)**は感情のない瞳を向けた。


「信長様……父上の命令です。この美濃の地に、あなたの『未来』を埋めて差し上げます」


彼女の触手が一斉に葵に向けられた。葵のスマホが、これまでで最大の警告音を鳴り響かせる。


[DANGER: UNKNOWN BIO-VIRUS DETECTED] [SYSTEM INTEGRITY AT RISK]


「バイオ・ウイルス……? 嘘、スマホの中にまで入ってこようとしてるの!?」


機械と魔法、そして生命の禁忌が混ざり合う、美濃攻略戦の火蓋が切って落とされた。

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