第五話:『清州城の暗殺者(サイバー・ニンジャ)』

「バッテリー残量、12%……。よし、これで少しは動ける」


葵は再起動したスマートフォンの画面を凝視し、思考を巡らせていた。先ほどレーダーが捉えた「現代の信号」は、清州城の郊外から凄まじい速度で城内へと接近している。


「果心居士、このマップの信号をあんたの『解析眼』に転送できる?」 「カッカッカ! お安い御用よ。老夫の『機巧共鳴糸』をその板に繋げば……ほれ、見えたぞ。巫女殿が見ている景色が、老夫の脳内にも流れてくるわい!」


果心居士がスマホの端子付近に発光する細い糸を接着すると、彼の義眼がスマホと同じ青い光を放ち始めた。


信長は腰の業物を引き抜き、冷徹な声で命じた。 「藤吉郎、天守を封鎖せよ。何奴か知らぬが、この『神器』を狙う者は一人残らず斬る」


その時、清州城の屋根の上を、一条の電光が駆け抜けた。 黒い影が稲妻のような速さで跳躍し、警護の足軽たちが声を上げる暇もなく、不可視の衝撃波によって弾き飛ばされていく。


「ターゲット確認……座標修正。目標:神凪神社の遺失端末(エデンのカケラ)」


天守閣の窓が爆散し、一人の少女が室内に降り立った。 葵はその姿を見て息を呑む。少女は、この世界には存在しないはずの漆黒の強化外骨格(プラグスーツ)を纏い、その上からボロボロの忍び羽織を羽織っていた。右目には赤い光を放つ電子モノクル、左手には高圧電流が奔る**プラズマ苦無(くない)**を握っている。


「あんた……現代人なの?」 葵の問いに、少女は答えなかった。ただ、電子モノクルで室内をスキャンし、信長を捉えた瞬間に警告音が鳴り響く。


「識別対象:織田信長。危険度:S。ミッション優先。AMATERASU端末の回収、および妨害者の排除」


「ふん、礼儀を知らぬ女子(おなご)め」 信長が魔導長銃を構え、躊躇なく引き金を引いた。


赤い魔導弾と少女のプラズマ苦無が空中で激突し、激しい爆発が巻き起こる。藤吉郎に守られながら、葵は驚愕した。少女の戦い方は、この世界の「魔導」とも「機巧」とも違う。それは、純粋で高度な**「未来のテクノロジー」**だった。


「葵殿! スマホを見ろ!」果心居士が叫ぶ。


葵が手元の画面を見ると、自動的に警告ウィンドウがポップアップしていた。 [EXTERNAL CONNECTION ATTEMPT...] [USER NAME: KASUMI_SHINOBI] [RANK: 2nd YEAR HIGH SCHOOL]


「高二……!? 私の先輩なの?」


カスミと名乗った少女忍者は、梁の上に音もなく着地し、葵を見下ろした。 「私は時空管理局の『掃除屋(クリーナー)』。神凪葵、貴方の持つ端末は歴史を歪める禁忌。それを渡しなさい。そうすれば、貴方を現代へ連れ戻し、記憶処理を施してあげる」


「帰れるの……? 私、本当に帰れるの?」 葵の心に希望が兆した。しかし、信長が氷のような冷笑を浮かべる。


「帰すだと? この女子(おなご)の『眼』は既に俺のものだ。欲しくば、その命と引き換えにせよ!」


「交渉決裂。……時空干渉フィールド、展開」


カスミが腕のスイッチを押すと、清州城全体が奇妙な紫色の光に包まれた。その瞬間、藤吉郎の機械腕も、果心居士の計測器も、すべての機巧兵器が耳を突く悲鳴を上げて停止した。


「な、なんだ!? 俺の『金剛腕』が動かねえ!」


唯一、葵のスマホだけが「AMATERASU」システムによってその干渉を跳ね返し、輝き続けている。


「……葵殿! この場を動かせるのは、その板を持つお主だけだ!」 果心居士が歯を食いしばりながら叫ぶ。「お主の『権限』で、あの小娘の干渉波をハッキングしろ!」


葵は残り10%を切ったバッテリーを見つめ、そして迫りくる「未来の先輩」を見据えた。 生きて現代へ帰るため、あるいはこの狂った戦国を生き抜くため。葵は震える指で、自らの意志を画面に叩きつけた。

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