第三話:『機巧の極致、義元討ち死に』

激しい豪雨は止む気配がない。 スマホのバッテリー残量は**【3%】**。赤く点滅するインジケーターは、葵の命の灯火そのもののように見えた。


「行くぞ。葵、貴様は俺の馬に乗れ」 信長は、黒い蒸気を噴き出す巨大な機巧馬「鉄蹄(てってい)」に跨り、葵に手を差し伸べた。 「え、私も行くの!? 戦場なんて無理、死んじゃう!」 「安心しろ。貴様の『眼』がなければ、この雨の中で敵の急所は撃ち抜けん」


葵は震える手で信長の腕を掴み、馬の背に引き上げられた。信長の体からは、鉄の匂いと、戦意という名の熱気が伝わってくる。


「藤吉郎、準備は良いか!」 「へっへー! 義手のボイラーは最大出力、いつでもいけますぜ!」 藤吉郎が義手のレバーを引くと、機械の腕が赤熱し、高圧の蒸気が周囲の雨を蒸発させた。


葵のスマホが映し出す黄金のルートを頼りに、織田軍の少数精鋭は今川軍の死角を駆け抜ける。 本来なら、数万の軍勢に守られた今川義元の本陣に近づくことなど不可能だ。しかし、葵の「全知の端末」は、今川軍の哨戒(パトロール)ドローンの死角を完璧に捉えていた。


「見えたぞ……今川の本陣だ!」


そこには、墜落した浮遊要塞の残骸を緊急基地に変えた、今川軍の最終防衛線があった。 中心部で待ち構えていたのは、身長三メートルはあろうかという巨大な機巧鎧。


「おのれ織田の小倅(こせがれ)……! 予の美学を、このような泥塗れの奇襲で汚すとは!」


鎧の胸部が開き、中から白塗りの化粧を施した男、今川義元が姿を現す。だが、彼の体は幾本ものチューブで鎧と直結されており、彼自身の意思で巨大な機械の腕を振り回していた。


「葵、奴の弱点はどこだ!」 信長が長銃を構える。葵はスマホを必死に操作し、解析を急ぐ。 [SCANNING... 100%] [CRITICAL POINT: BACK-SIDE COOLING FAN]


「背中! 背中の換気扇みたいなところが、唯一装甲が薄い場所です!」 「承知した! 藤吉郎、道を空けろ!」


「合点だぁ!」 藤吉郎が地面を蹴り、ブースターで加速。義手から放たれた高圧蒸気が目眩ましとなり、今川軍の足軽たちを吹き飛ばす。


その隙を突き、信長が跳んだ。 「義元! 時代の歯車は、もはや貴様を回してはおらぬ!」


信長の魔導長銃が火を噴く。葵のスマホが演算した弾道は、正確に義元の背後の冷却ファンを貫いた。 「なっ、馬鹿な……予の、予の完璧な機巧が……!」


火花を散らしながら、巨大な鎧が爆発し、膝を突く。 その瞬間、葵のスマホの画面がスッと消えた。 [SHUTTING DOWN... BYE]


「あ……電池、切れた……」


静寂が訪れる。雨音だけが響く中、信長は義元の首級を掲げ、天に向かって咆哮した。 「勝鬨(かちどき)を上げよ! 今、この時から、日の本の歴史は俺が書き換える!」


戦いの後。 スマホが沈黙し、ただの「黒い板」に戻ってしまったのを見て、葵は途方に暮れていた。 「これ、ただの板になっちゃった……。もう地図も出ないし、帰り方もわからない……」


信長は葵の隣に歩み寄り、彼女の頭を乱暴に撫でた。 「案ずるな。霊力が切れたのなら、また溜めれば良い。我が領内には腕利きの機巧師が腐るほどおる。そやつらに、この『神器』を食わせる雷(電気)を作らせよう」


「電気を作る……? 戦国時代で?」 「そうだ。貴様が言った『未来』を、俺がこの地に再現してやる。それまでは死なせん。俺の軍師として、隣におれ」


葵は呆れながらも、信長の不敵な横顔を見て、少しだけ可笑しくなった。 「……テスト、もう間に合わないだろうな」


こうして、魔法と機械、そして一台のスマホが導く、新しい戦国時代の覇道が本格的に動き出した。


次回への引き

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