第二話:『黄金の猿と電池の限界』
浮遊要塞が火を噴き、山向こうへと沈んでいく光景を、信長は無言で見つめていた。 「……信じられん。あの『大円首』を、指一本で墜としたというのか」
信長に腕を掴まれたまま、葵はガタガタと震えが止まらなかった。雨に濡れた制服が体温を奪い、現実感のない恐怖が彼女を支配している。 「違うんです、私はただ……これを押しただけで……」
「言い訳はよせ。貴様が何者であれ、この力は本物だ」 信長は葵を放り出すように離すと、背後の闇に向かって短く命じた。 「藤吉郎、こやつを連れて行け。一滴の血も流させるな。これは我が軍の『極秘兵器』だ」
闇の中から、ガシャン、ガシャンと金属が擦れる音が聞こえてくる。 現れたのは、小柄な男だった。しかし、その姿は人間とは言い難い。両腕は肩から先が複雑な真鍮のパーツで構成された義手であり、背中には巨大なゼンマイ式のバックパックを背負っている。
「へっへー! お任せを、信長様! 珍しい格好のお嬢さんだ。俺と一緒に来てもらいますよ!」 自らを木下藤吉郎と名乗ったその男は、機械の腕で軽々と葵を担ぎ上げた。
「ちょっと、放して! どこに連れて行くの!?」 「決まってるでしょう、織田の本陣ですよ。今川の親玉を仕留めるための『作戦会議』です!」
織田軍の本陣は、即席の機巧結界に守られた急造の砦だった。 葵は焚き火の前に座らされ、藤吉郎から「機巧油(きこうゆ)」の匂いが漂う毛布を渡された。
「お嬢さん、その『光る板』、見せてもらってもいいかい?」 藤吉郎が興味津々で葵のスマホを覗き込む。 「触らないで! これ、もう電池が……あ。」
葵が画面を見ると、右上のバッテリー残量は**【8%】**を示していた。 (嘘でしょ……。ここ、コンセントなんてないのに。これ切れたら、私どうなるの……?)
そこへ、雨に濡れたマントを脱ぎ捨てた信長が入ってきた。 「おい、女子(おなご)。今川の義元は、予備の要塞へと逃げ込んだ。夜明けと共に、この陣に総攻撃を仕掛けてくるだろう。貴様の『神器』で、再び奴らを無力化しろ」
「無理ですよ! 電池が……あ、ええと、この板の『霊力』がもうすぐ切れるんです。そうなったら、ただの板になっちゃう」
信長の目が冷たく光る。 「切れるだと? ……ならば、切れる前に使い切るまでだ。藤吉郎、機巧技師を呼べ。この『板』を我が軍の魔導砲に直結させる!」
「直結!? 壊れちゃうよ、そんなことしたら!」 葵が叫んだその時、スマホが再び激しく振動した。
[NEW DEVICE DETECTED: ODA-MAIN-FRAME] [APP UPDATE: RECONNAISSANCE MODE (GOOGLE MAPS V2.0)]
スマホの画面が、空中に巨大なホログラムを投影した。 それは、桶狭間の山周辺を立体的に映し出した「戦場マップ」だった。赤く光る点が今川軍、青い点が織田軍。そして、敵の本陣に隠された「地下動力パイプ」のルートが、黄金の線で強調されている。
「これは……戦場を空から見ているのか?」 信長が息を呑む。藤吉郎も義手の指をカチカチと鳴らしながら、その地図を凝視した。
「これがあれば、敵の喉元まで最短距離で潜り込める……。信長様、これですよ! 闇夜に乗じて、このルートから機巧騎馬隊を突っ込ませれば、義元の首は獲れます!」
信長は不敵に笑い、葵の顔を覗き込んだ。 「葵と言ったか。霊力が切れるのが先か、俺が天下を獲るのが先か……。賭けをしようではないか」
葵はバッテリー残量【5%】の表示を見つめながら、拳を握りしめた。 「……勝ったら、元の場所に帰すって約束してください。私、明日テストがあるんです!」
「テストだと? 構わん、勝利の暁には貴様の望み、何でも叶えてやろう」
こうして、現代の女子高生が作った「デジタルな作戦図」をもとに、歴史上もっとも有名な奇襲作戦が、魔法と機械の力で実行されようとしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます