時空の巫女と機巧の戦場

Juyou

第1話:『黄昏の鏡と雨の桶狭間』

東京都内の下町。夕暮れ時の神凪神社には、湿った風が吹き抜けていた。

高校一年の神凪葵(かんなぎ あおい)は、不機嫌そうにスマートフォンの画面をタップしながら石段を登っていた。画面には友人からの遊びの誘いが並んでいるが、今日の彼女にはそれに応じる自由はない。

​「ただいま……。もう、なんで私が蔵の掃除なんてしなきゃいけないのよ」

​実家の神社は、葵にとってただの「古臭い場所」でしかなかった。神主である父から「北の蔵を片付けなさい」と言い渡された彼女は、重い扉を開けて埃っぽい闇の中へと足を踏み入れた。

​数十年も手付かずだったという蔵の奥、葵は掃除中に奇妙な違和感を覚える。床の畳がわずかに浮き上がっており、その下から冷たい真鍮の感触が伝わってきた。畳を剥がすと、そこには精巧な歯車が組み合わさった、見たこともない機械仕掛けの仕掛けが現れた。

​「何これ、隠し扉……?」

​葵が好奇心に駆られてその歯車を回すと、ズズズ……と地響きのような音が鳴り響き、壁の一部がスライドした。現れたのは、地下へと続く石造りの階段。その最奥に、それは鎮座していた。

​無数の歯車と、現代のシリコンチップを思わせる質感のパーツが融合した「機巧の鏡(ギミック・ミラー)」。それが何百年も前からそこにあったとは到底信じられないほど、鏡は鈍く、そして未来的な光を放っていた。

​葵がその鏡に触れようとした瞬間、ポケットの中のスマートフォンが異常な熱を帯びる。

「あつっ! え、何、壊れたの!?」

スマホの画面には、見たこともないシステムログが猛烈な勢いで流れ出した。

​[SYSTEM OVERRIDE... INITIALIZING 'AMATERASU' OS...]

[TARGET CONNECTED: GIMMICK MIRROR]

​鏡とスマホの間で青い放電が走り、葵の意識は真っ白な光の中に飲み込まれていった。

​……頬を打つ冷たい衝撃で、葵は目を覚ました。

「冷た……っ。雨……?」

​そこは蔵の中ではなく、鬱蒼とした森の中だった。激しい豪雨が視界を遮り、遠くからは金属がぶつかり合う轟音が響いている。しかし、その音は葵が知る歴史ドラマの合戦とは明らかに違っていた。

​空を見上げた葵は、言葉を失う。

重厚な雲の隙間から、巨大なクジラのような形をした「浮遊要塞・大円首」が姿を現したのだ。要塞の側面からはサーチライトが地上を照らし、重低音を響かせながら空を支配している。

​「嘘……これ、映画の撮影か何か……?」

​呆然とする葵の前に、茂みをかき分けて一人の兵士が現れた。だが、その姿は異様だった。背中の煙突から黒煙を吐き出し、蒸気機関の駆動音を鳴らしながら歩く「機巧足軽」。機械化された槍の先端が、赤く光りながら葵に向けられる。

​「怪しき女め、間者か! 死ねぃ!」

​死を覚悟し、葵が目を閉じたその時。

——ドォォォォン!!

鼓膜を突き破るような爆音と共に、足軽の胸が内側から弾け飛んだ。

​「この雨の中、妙な格好で突っ立っておるな。貴様、どこの回し者だ?」

​煙の中から現れたのは、深紅のマントを翻し、複雑な回路が光る魔導長銃を担いだ男。その鋭い眼光は、向けられただけで魂を射抜かれるような威圧感があった。彼こそが、後の「魔王」——織田信長。

​信長が葵を斬ろうと一歩踏み出した瞬間、葵の手の中のスマホが激しく振動した。画面には今川軍の浮遊要塞をスキャンした赤い図面と、警告文字が点滅している。

​[ENEMY DETECTED: IMAGAWA FORTRESS]

[VULNERABILITY: COOLING SYSTEM]

[EXECUTE HACKING? YES / NO]

​葵は震える指で、無意識に[YES]をタップした。

​その瞬間、上空の要塞から激しい警告音が鳴り響き、巨大なエンジン部分が次々と火を吹いた。バランスを崩した要塞がゆっくりと傾き、山向こうへと墜落していく。

​「……何をした、貴様」

信長は驚愕の表情で、墜落していく要塞と、葵が持つ「光る板」を交互に見た。

​「わかんない……けど、私、これの使い方はわかる気がする」

​信長は一瞬の沈黙の後、不敵な笑みを浮かべて葵の腕を強引に掴み上げた。

「面白い。貴様、その『神器』で、この俺の天下をハッキングしてみせよ!」

​激しい雨の中、女子高生と魔王の、歴史改変の物語が幕を開けた。

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