第11話 実力テストとムカつくガリ勉野郎
『何故かAIが同棲しろと言って来たんだよ』
『そうなの。ほんと困っちゃう』
クラスメイトに同棲するような関係だと疑われた二人はAIに責任を押し付けて逃げようとした。その言葉は簡単には信じられるようなものではなかったが、担任の窓理教師が入って来たことでうやむやとなった。
「今日の午前は身体測定、午後は実力テストを行います。余った時間は選択授業や部活動の選択など、今後の学園生活ついて各自考える時間とします」
ホームルームで告げられたのは、聞かされていなかった予定。
抜き打ちなのはもちろん午後の実力テストだ。
「先生、試験範囲はどこですか?」
生徒達が戸惑う中、真っ先に質問をしたのは眼鏡をかけた小柄の男子生徒だった。
「範囲は秘密です。ただし、義務教育を終えた人物であれば誰でも解ける内容となっています」
「それなら平気ですね」
回答を聞いたその生徒は自信満々で満足そうだ。
「その通りです。大した話ではありません。君達の今の実力を確認するだけですから」
窓理教師が意味深な笑みを浮かべていることにも気づかずに。
「それにです。なんと今回の実力テストはバディで相談しあっても構いません」
「え?」
「良かったですね。これで実力以上の結果が出せるかもしれませんよ」
分からないところがあってもバディが分かるかもしれない。
些細なミスをバディが気付いてくれるかもしれない。
ゆえに二人で臨むことは本来であればメリットしかないはずだった。
「「「「「「「「…………」」」」」」」」
肝心のバディ関係が険悪でなければ、の話だが。
「どうやらあまり喜ばしいことではない様子ですね」
こんな雰囲気になることなど分かっていただろうに、窓理教師は素知らぬ顔で言い切った。
「では皆さんのやる気が出る情報をお伝えしましょう」
それは新入生達の不満を大きく改善させられるかもしれない可能性。
「学年で成績がトップだったバディペアには、当学園のAIに
それが何故やる気が出る情報なのか。
その理由に気付いた一部の生徒は色めき立ち、気付いていない殆どの生徒達は疑問顔だ。
「我々教師はAIの判断に従っています。よって、AIがそうすべきと判断したのであれば従います。たとえそれがバディの変更であっても」
「「「「「「!?」」」」」」
一気に教室内に熱気が満ちたが、窓理教師がクギをさす。
「質問回数は三つまで。それと、バディの変更は絶対に認められないため質問するのは勿体ないですよ」
もちろん、万が一の可能性を信じてチャレンジしても良いし、正当
どちらにしろ、可能性の塊でしかないAIへの質問を、誰もが強く欲したのだった。
「うんうん。良い顔になってきましたね」
バディが嫌いだからとやる気が出なかったら本来の力を出せずに『実力』が分からなくなってしまうだろう。しかしこれならある程度は測ることが出来るかもしれない。
「では実力テストの前に身体検査をしましょう。と言いたいところですが、クラス順に体育館で行うため、
しばらく待つことになってしまうが、それまでの間に何をするのだろうか。
「時間になったら呼びに来ますので、それまでの間は実力テストに備える時間にしましょう」
どうやら窓理教師は教室から居なくなってしまうらしい。自己紹介やカリキュラムの説明など、やるべきことは色々とあるはずなのだが後回しになっている。質問すら受け付けてもらえない雰囲気だ。
尤も、生徒達の大半は実力テストをどうすべきか、ということで頭が一杯でそれどころではないが。
「おっとそうそう。大事なことを伝え忘れるところでした」
教室を後にしようとした窓理教師は、本当に忘れそうだったのか疑わしく思えるくらい自然な態度でとんでもないことを口にした。
「身体測定は体操服で行いますのでそれぞれ更衣室で着替えてから体育館に向かってください」
それは後で伝えても問題ない普通の内容。
問題はこの次だ。
「体育館ではそれぞれの測定場所で並んで測定してもらうのですが、測定担当の先生は多くないので列の数が少なく、列が長くなってしまうでしょう」
となると当然、身体測定を終えるまでにはある程度の時間がかかってしまう、ということ。
「ですが、もし早く終わらせたいのであれば、バディ同士で測定し合うことだけは許可します」
他の生徒同士での測定は不可。
あくまでもバディ同士でなければ許されない。
バディは必ず男子と女子の組み合わせになっている。
つまり女子の『体重』やらなんやらが、男子にバレてしまう。しかも、もしもこの学園の身体測定が胸のサイズまで測定するのであれば、バレるどころか男子に測らせることになってしまう。
そんなあまりにも恥ずかしいことなど、普通は出来る訳がない。
「くっ……なんて卑怯な」
加恋が歯を食いしばり葛藤していた。
実力テスト。
勉強して良い大学を狙う加恋にとって、高得点は必須である。
準備時間などいくらあっても足りないくらいだ。
身体測定で屈辱を受けることで、その時間を多少捻出できる。
あるいは加恋以外でも、学年トップを目指して準備時間を少しでも多く確保したいと思う生徒はいるだろう。
「そもそも身体測定の開始はもう少し後、九時半からを予定しています。それまでの間にどうするか決めておいてくださいね」
窓理教師はうさんくさい笑顔で最後にそう言って教室から出て行った。
「くくっ、それでどうするんだ?」
勉強よりも青春。
一哲にとって、今回の話は苦難でも何でもなかった。
自分には被害が無く、嫌いな相手が苦しむ最高のイベント。
余裕の表情で加恋を煽る。
「わ、私は……くっ……」
「別に勉強さえできれば良いんだから、体重くらいバレたって良いだろ」
「良い訳ないじゃない!」
「ということは、それなりに勉強以外も興味あるってわけか」
「人としての尊厳を捨てるつもりは無いってだけよ!」
そこを間違えてしまったのならば、枕で成績を上げるなんて考えも生まれてしまうかもしれない。学歴だけを求めるのであればそれもアリなのかもしれないが、今のところそれを選択するなど考える気も無かった。
「ふ~ん、まぁどうでも良いけどな」
「それよりちゃんとテスト受けなさいよね!」
「普通に受けるくらいなら構わない。というか、今回の形式ならお前が一人で解けば良いんじゃないのか?」
一哲が何もしなくとも、優秀な加恋が全部解けば良い。
二人で解くメリットは無くなるが、それでも十分トップが狙えるはずだ。
「その通り。愚者は愚者なりに賢しい部分もあるようだな」
「ん?」
一哲と加恋の元に、一人の男子生徒がやってきた。
実力テストについて先生に質問した、眼鏡をかけた小柄な男子生徒だ。
その人物は一哲ではなく、加恋に向けて話を続けた。
「初めまして桜ヶ平さん。僕は
「え?」
勉は眼鏡のツルをくいっと上げながら、さも当然といわんばかりの雰囲気で説明する。
「学生は勉学に励むべき。本当にその通りだ。僕も自慢じゃないけど、これまで勉強に力を入れて来てね。正直な所、入試でトップだと思っていたし、新入生代表は僕で間違いないと確信していた」
「なんか面白いやつが来たぞ」
「だからといって嫉妬してる訳じゃない。良いライバルに出会えて感謝し、共に高めあえるものだと信じていた。僕についていけるのは桜ヶ平さんしかいない。間違いなくバディになるべきなのに、どうやらAIはバグっているようだ」
「なぁ、その眼鏡お前の顔に合ってないんじゃない? 何回も落ちて来てるじゃん」
「待っててください。僕が実力テストでトップを取り、君とバディを組めるようにAIのバグを修正してみせますから!そして共に勉学に励みましょう!」
「いちいちポーズが笑える。なぁ動画に撮って良いか?」
「うるさいな!今良いところなんだから黙っててくれないか!?」
勉の口説き文句に茶々を入れていたら、最初の方は無視されていたが、我慢できなかったのか怒られてしまった。
では肝心の加恋はどういった反応をしているのか。
「あ~うん、そ~ね」
なんとも煮え切れない反応。
勉強が大好きな同志を見つけて大喜びするようなことは無かった。
加恋は一哲にだけ聞こえるような小声で問いかける。
「ねぇ、私ってこんな感じなの?」
「なんだ気付いてなかったのか。そっくりだぞ」
「えぇ……そうなんだ……」
どうも勉のことがお気に召さないらしい。
似ていると言われて本気で凹んでいた。
それが一哲に対する何らかの落胆なのだと勉は勘違いしたらしい。
「お互い使えないバディには苦労しますね」
「お、なんだ、ケンカ売ってるのか? 十円くらいなら買うぞ?」
「なんて野蛮な!これだから脳が小さいサルは困る。山に帰るか動物園に行ってどうぞ」
「はい十円」
「まいどあり、って違う!そうじゃない!シャドーボクシングするな!」
どれだけ貶められようが一哲は腹立つことなど無かった。
むしろ興味深そうに全力で揶揄っていた。
「なんか楽しそうな話してるね~」
今度は琴遥がやってきた。
「ああ、なんかこいつが動物園に行きたいらしくて」
「いいね。私モモンガ見たい」
「俺のモモンガならいつでも見せてやるぜ」
「はいアウト~」
「ぐふぉ!」
背中を叩かれて悶絶する一哲。
下ネタが原因なのだが、それでも一哲はまだまだ攻めた。
「そ、そうだ琴遥ちゃん。身体測定で俺が計ってやるよ」
「え? 生徒同士で測って良いのはバディ相手だけだよね?」
「違う違う。測り終わった後に俺がまた測りたいの」
「キモすぎアウト~」
「むふぅ!」
先ほどより強い威力での一撃。
どうやら本気で気持ち悪かったらしい。
そんな二人のコントを、勉は軽蔑の視線で見つめていた。
「くだらない……マジでくだらない……」
だが一哲も琴遥も全く気にした様子はなかった。
「だから楽しいのに」
「ね~」
息が合っていて、まるで本物のバディのようだ。
「僕のバディといい、どうしてこんなふざけた奴らがここにいるんだ! お前らみたいな勉強しないクズ共なんか、この学園にいらない! 出ていけよ!」
「ざ~んね~んで~した~、卒業までここにいま~す」
「…………」
ここで反応が二つに分かれた。
変わらず煽り続ける一哲と、黙ってしまった琴遥。
「琴遥ちゃん?」
「…………」
いつもの朗らかな姿はなりを潜め、わずかに青褪めているように見える。
その異常に一哲は気付いたが勉は気付かない。
「僕達は社会に必要とされる人間なるために、必死に勉強しなければならないんだ。それが学生のあるべき姿。それを蔑ろにする君達みたいなクズなんて、真面目にやってる僕達にとって不必要で、邪魔で、消えてなくなって欲しい存在なんだよ!」
「!?」
ヒートアップした勉は、相手を侮辱し、否定し、テンションの上昇が留まるところを知らない。
琴遥にダメージを与えていることにも気づかない。
「おい、お前良い加減にしろよ」
「流石にそこまで言うのは良くないわ」
一哲と加恋が窘めようとするが止まらない。
「どうしてそんなことを言うんだ。僕は正しい。パパも僕がかしこくて正しいっていつも言ってくれる。だから僕はこの賢さで、愚かなあり方を否定し、世の中を改善していく義務があるんだ!」
その瞬間、空気が変わった。
「…………」
「…………」
一哲と加恋の表情が一気に険しくなり、剣呑な雰囲気を生み出したのだ。
「な、なんだ。どうしてそんな目で僕を見るんだ?」
流石の勉も、自分が何かをやらかしてしまったのかもしれないと悟ったようだ。
だが自分の言葉が正しいと思っている勉は、何が原因なのか分からない。
「猪狩勉って言ったか?」
「クズが気軽に僕の名前を……」
「消えろ」
「ひっ!?」
それは殺気にも近い怒りのオーラだった。
そんなものを人生で受けたことなどあるはずもなく、勉は反射的に後退った。
そして助けを求めて加恋の方を見たのだが。
「帰って」
「桜ヶ平さんまで! どうして!」
彼の味方となってくれる人は、ここには居なかった。
「くそ!もう良い!だったら僕一人でやってやる!トップをとって僕が正しいって認めてやる!」
勉は怯えを誤魔化すかのように怒りながら自分の席へと戻っていった。
その後ろ姿を睨みながら、一哲は感情を消した声で淡々と告げる。
「なぁ、桜ヶ平。今回の実力テスト、ちょっとばかり頑張ってみようと思うんだ」
「奇遇ね。私もいつもより頑張りたい気分だわ」
加恋もまた、どういう風の吹き回しかしら、なんて煽ることも無く、同じく淡々としたテンションで答えを返した。
「そしてさ、琴遥ちゃんにも高得点を取ってもらいたい気分なんだが」
「奇遇ね。私も人生で初めて自分以外が高得点を取って欲しいって思ったわ」
静かな怒りを湛える一哲と加恋。
しかし二人が青褪める琴遥を見る目は、とても暖かかった。
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