第6話 史上最悪の二択

「(おかしい、どうして何もしようとしないのかしら)」


 話が終わり保健室を追い出された一哲達。

 身体の主導権を握っているのは加恋だった。


 てっきり一哲が力づくで主導権を奪いに来るかと思っていたので拍子抜けだった。

 しかもそれどころか不満すら言わず、脳内に声が響いてくることも無い。


 自分の身体を自分の意思で動かせるのは楽で良いが、不気味な沈黙に嫌な予感しかしなかった。


「はぁ……どうしてこんなことになっちゃったのかしら」


 優秀な生徒を輩出することで有名な輪音学園。

 バディシステムにより同級生と高め合いながら勉学に励めるのだと思っていた。


 しかし蓋を開けてみれば、勉強より女子の尻を追いかけることが大好きな最悪の男子とバディを組まされ、あろうことか合体して同棲までさせられる始末。


 人生に絶望してもおかしくない状況だった。


「ここ……かしら」


 冬星保健医に教えられた場所に向かうと、ご丁寧に入り口に二人の名前が書かれた表札がかけられていた。仕事が早すぎる。


 一階建平屋の一軒家。

 中は三LDKで、高校生が暮らすにはかなり広い。都心だったら家賃が二十万近くするのではないだろうか。


「す、凄いわね」


 全ての部屋が実家よりも広く、こんなところに住めるなんてラッキーかもと思いそうになる。だがそれも自分一人か、あるいは自分が認める者と一緒なら、という話だ。


 元々の寮にあった自分達の荷物はそれぞれの部屋に運び込まれてセッティングされていて、リビングには立派な家具が備え付けられていた。まさに至れり尽くせり。


 好きな人とこんな家で暮らせるのであれば最高に幸せに違いない。


「これからどうしようかしら」


 冬星保健医の話だと、朝まで寝れば合体が解除されるらしい。


「もう寝ちゃおうかな。あ、でも早く寝すぎて解除前に起きちゃったら最悪ね」


 少なくとも三時間以上は寝て、朝目が覚めると合体が解除される。

 だが早く寝すぎて朝と判断される時間帯よりも早く目が覚め、そのまま眠れなかったら合体が解除されなくなってしまうのではないだろうか。


「もっと詳しいことを聞いておけば良かった」


 聞きたいことなど山ほどある。

 一哲が黙っている今ならば、自由に質問が可能なのだ。


「それに恥ずかしがらず手当もちゃんとしてもらえば良かったな」


 階段から転げ落ちたことで身体がダメージを負っていた。捻挫という感じでは無いが、足首がまだ少しだけズキズキ痛む。


『それで怪我の具合はどう? 見ておく?』


 冬星保健医にそう尋ねられたけれど、自分の素肌を一哲に見られることが恥ずかしくて拒否してしまったのだ。足首くらいなら気にすることは無かったのに、一哲に対するあまりの嫌悪感がそうさせてしまった。それは一哲も同じだったらしく、二人とも手当なしで帰ったのだった。


「ほんと、これからどうすれば良いのよ……」


 バディを変えて欲しい。

 それだけでも重大な話なのに、それに加えて合体なんてふざけた事件まで起きてしまった。


 死ぬほど辛い状況だけど、どうしても輪音学園を辞める訳には行かない。


 だとすると現状を受け入れて我慢する選択肢しかないのだろうか。

 地獄の毎日を味わうしかないのだろうか。

 本当に先輩方は全員が相性最悪のバディと共に成長など出来たのだろうか。


 加恋はリビングに立ち尽くしながら、今後の不安に頭を悩ませていた。


 油断。


 しばらく一哲が何もしてこなかったから、無意識で安心してしまっていた。


「きゃ!」


 厚手の制服を着ていてもはっきりと主張している立派な胸に予期せぬ刺激が来た。その刺激の出どころは自分の両腕。いや、一哲の両腕。


「いや、やめて、いや!」


 その両手がいやらしく加恋の胸を揉みしだき、加恋は必死になって腕の制御を取り戻そうとした。


「いやああああああ!」


 全身全霊をこめて手を胸から離したいと強く願ったら、どうにか自分の身体に戻ってくれた。


「うううう、巌流島ああああ!」


 男に胸を揉まれた。

 そのあまりの恥ずかしさに顔を真っ赤にして激怒する加恋。


「(くっくっくっ、予想通りだったぜ。冬星先生が一部分だけ変化が可能って言ってたからこういう使い方が出来ると思ったんだよなぁ。最高の感触だ)」

「最悪!最悪!最悪!最悪!」


 可能であれば顔をひっぱたいてやりたい。

 だが敵の身体は加恋の中に引っ込んでいる。


「(おっと腕ばかりに気を取られていて良いのか?)」

「え?」


 慌てて体を確認すると、足が一哲のものに変化していた。

 肩幅より少し広めに開かれている。


「何を……きゃ!」


 足に注目させたところでガードが緩んだ両腕が、再び一哲のものに変化した。

 そしてそれがスカートの裾を掴み持ち上げようとする。


「やめてやめてやめてやめてーーーー!」


 必死の抵抗により、ギリギリのところで最悪な事態は回避された。


「どうしてこんなことするのよ! 私の事なんか興味無いんでしょ!」

「(ああ、興味無いな。だがこうすれば俺の事がますます嫌になって学園を辞めたくなるだろ)」

「なんて卑怯な!」

「(なんとでも言え。お前とバディが解消されるならなんだってやってやる)」

「この……って危ない」


 怒りでどうにかなりそうな加恋だが、何かに気付いたかのように突然冷静になった。


「その手には乗らないわ。もうやらしいことなんかさせないんだから」


 一哲が加恋を怒らせて油断させ、また身体の制御を奪おうとしていると思ったのだ。


「(別に構わねーよ。どっちにしろ同じだからな)」

「え?」

「(くっくっくっ、風呂はどうするつもりなのかな)」

「な!?」


 加恋は一哲が何を言いたいのか理解した。


 もしも加恋の姿で風呂に入れば、加恋の全裸を一哲に見られてしまう。

 もしも一哲の姿で風呂に入れば、一哲の全裸を加恋が見せられてしまう。


 どちらにしろダメージを負うのは加恋なのだ。


「(まぁ風呂くらいなら入らないで我慢すれば良い。ならトイレはどうだ)」

「!?」


 もしも催してしまえば、朝まで我慢するのは相当難しい。

 だがトイレに行くとなると、風呂よりも恥ずかしい姿を見られ見せられることになる。


 一哲が意図的に加恋を辱めなくとも、待っていればその時は勝手にやってくる。


「(ふはははは! どうだ! これで辞めたくなっただろ!)」


 年頃の女性が耐えられるような話では無い。

 間違いなく学園を辞めるだろうと一哲は確信していた。


「どう……して……」


 床に膝を突き、項垂れながら加恋がつぶやく。


「どうしてこんな目に合わなきゃならないの、私が何をしたって言うの」

「(…………)」

「そんなに勉強することって悪いことなの? 良い大学に入りたいって思うのがそんなに悪いことなの?」

「(…………)」

「普通のことじゃない! 当たり前のことじゃない! それなのになんでそんなに目の敵にするの! 勉強しないで遊ぼうとしてるあんたの方が怒られるのが普通じゃない! なんでよ! なんでなのよ!」


 加恋の言葉は正しい。


 一哲と加恋。


 勉強せずに恋愛のことばかり考えている生徒と、真面目に勉強している生徒。 

 どちらが支持されるかなど明らかだ。


 こんな地獄のような責め苦を味わう要因を加恋は何一つとして持っていないはずなのだ。


 嘆くのも当然の事だろう。


「(なら辞めれば良いだけだろ。そうすれば自由に勉強出来る)」


 自分が悪くは無いのに学園を辞めなければならない。

 それはあまりにも理不尽だ。

 だとしてもそれを選択すれば今の状況よりかは遥かにマシになる。


 その選択肢を選んでもおかしくないような状況。


 「それが出来たらとっくにやってるわよ! 私はこの学園じゃなきゃダメなの!」


 だが加恋は選ばない。

 選べない。


 彼女には、ここでなければならない理由があるから。


「(…………)」


 これほどの状況でも絶対に辞めたくないという加恋の宣言。

 それを聞いて一哲は何を思うのか。


「きゃあ!」


 再び両腕が一哲のものへと変化し、加恋の胸を揉み始めた。

 慌てて加恋は制御を取り戻す。


「この流れで普通そういうことする!?」

「(別に俺関係ねーし。それならもっと嫌な思いさせて追い出すだけだし)」

「最低!最低最低最低最低! あんたに人の心はあるの!?」

「(あるさ。女性とエロいことしたいだなんて、すっげぇ人っぽいだろ)」

「ああああああああ! もう嫌! 誰か助けて! こいつを追い出して!」


 追い詰められた加恋が、ついに錯乱しだした。

 それでも一哲は彼女をフォローする様子はない。


「どうしてこんなクズがバディなの! 学生なのに勉強しないやつなんてまともじゃない! そんなやつ生きてる価値が……!」

「あぁ?」


 激情のままに言葉を放つ加恋が、身体の制御を完全に奪っているはずだった。

 特に口は、今一番彼女が強く意識している部分で奪うのは難しい。


 しかしその口から一哲の声が漏れた。

 聞く者の背筋を凍らせるかのような、あまりにも冷徹な低い声が。


「お前に……」


 次に右腕が一哲の物になった。

 だが今回は胸を揉むようなことはない。


 強く、強く、血が出るのではと思えるくらい強く握られた拳が肩くらいの高さまで振り上げられる。


 これまでで一番の敵意が、そこにあった。


「何が分かる!」

「(きゃあ!)」


 その拳は全く躊躇することなく物凄い勢いで、己の顔に向かって振り抜かれたのであった。

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