第5話 どうせいっちゅうねん!

「ふぇんふぇおあなうえお!」

「はいはい、落ち着いて落ち着いて」


 輪音学園の保健室。

 そこのベッドに合体した一哲達が横たわっていた。


 そしてベッドサイドの椅子に白衣を着た女性が座っている。


「その状態じゃ質問すら出来ないでしょうから、まずは私の話を聞いて頂戴」


 一哲達は素直にその言葉に従い、身体を動かさず耳を傾けた。


「まずは自己紹介するわ。私はこの学園の保健医の冬星ふゆほしよ」


 歳は二十代だろうか。かなり若く見え、中々の美貌の持ち主だ。一哲がソロだったら大喜びでナンパしていただろう。


「貴方達は巌流島さんと桜ヶ平さん、で良いのよね、窓理先生」

「はい、間違いありません」


 横たわる一哲達には見えていないが、ベッドからかなり離れた壁際に窓理教師が寄りかかって立っていた。


「階段下で倒れていた貴方達を、私と窓理先生がここまで運んできた。貴方達が理解しているのは恐らくそこまででしょう」


 はいそうです、と答えたいがそれすらも出来ないことがもどかしい。しかし今はじっと我慢して聞くしかなかった。


「まさか今年の合体ペアが、今最も注目されている貴方達だっただなんてね」

「えんへひはひふへひうむれろは!」

「一々驚いて話そうとしてもそうなるから止めた方が良いわよ」


 一哲たちが反射的に言おうとしたことは、今最も注目されている、という部分についてでは無い。何故ならばそれが入学式で多くの人の目を惹き付けた美少女新入生と、教師にいきなりとんでも質問を投げかけた色ボケ男子がバディを組んだということで注目されてはいるだろうなと分かっていたから。


 問題はそれではなく冬星保健医が『合体』について知っているそぶりをみせたこと。しかも誰かが『合体』する可能性を想定していたらしき発言。


『先生は合体について知っているのですか!』


 恐らくはそんなことを言いたかったのだろう。


「この学園では数年に一度、合体するペアが出現するの。前回のペアが丁度卒業したばかりだから、今年の新入生で起きるんじゃないかって思ったら予想通りだったわ。ということで、貴方達の身に起きたことはそこそこ知ってるから安心しなさい」


 未知の現象に恐怖していた二人の心が、冬星保健医のおかげで少しだけ和らいだ。だがまだ油断は出来ない。一生このままなんて言われる可能性もあるのだから。


「私も窓理先生も合体の担当で、新入生が合体していないか放課後校内を探していたの。これまでも大抵は初日に合体が起きていたから。窓理先生のクラスの生徒って言いうのは偶然だけど、その点はサポートしやすくて助かるわね」

「ですね。私もびっくりです」


 二人の説明は非常にスムーズで、作業も手慣れた感じがある。

 そのことに一哲達はまた少し安心した。


「さて、それじゃあまず最初に、貴方達が一番知りたいことを教えてあげる」


 それを伝えなければこの先の話を集中して聞けないだろう。ゆえに冬星保健医は話す順番も気を付けていた。


「貴方達は元に戻れるから安心しなさい」


 その瞬間、一哲達の目が大きく見開かれた。

 二人が同時に全く同じ動きをしたのだろう。その表情の変化に違和感は全く無かった。


 心から安堵した二人に向けて、冬星保健医は話を続けた。


「元に戻るのは一晩経った後、朝、目が覚めたら分離してるわ」


 どうやら今すぐに、というわけにはいかないらしい。

 とはいえ一生治らない可能性もあったと考えれば十分我慢出来る範囲だ。


「ちなみにちゃんと寝ないとダメよ。過去に色々と調査した結果、最低でも三時間は睡眠が必要。朝に合体しようが、昼に合体しようが、夜に合体しようがこれは同じこと」


 冬星保健医が詳しい話をしているが、一哲達は実はあまり集中して聞いていなかった。少しでも早く時間が過ぎて、この地獄が終わって欲しいと願っていたから。

 そしてその気持ちを冬星保健医は理解していた。


「ちゃんと聞かなきゃダメよ。一度合体したバディは合体しやすくなって、これからも何度も合体することになるのだから」

「!?」


 またしても一哲達の目が見開かれた。

 これは一時的な現象であって、もう二度と起きないことだと思い込んでいた。あるいは注意して生活すれば大丈夫だろうと。だが冬星保健医が『これからも起きる』と断言したということは、逃れられないことなのだろう。


「ということで真面目に聞いて頂戴ね。次は貴方達の体がどうなっているのかだけど、簡単に言うと主導権を奪い合っている状況なのよ」


 たとえば右腕を動かそうと思った時、一哲が手を上げようとして、加恋が手を下げようとしたら主導権を奪い合って右腕が上下に行ったり来たりしてしまう。ではそうならないためにはどうしたら良いか。


「どちらか片方が体を動かしたいって気持ちを我慢することが大事よ。やってみましょう。まずは桜ヶ平さんが全身の力を抜いてリラックスして、巌流島君が体を動かそうとしてみて」


 二人は指示された通りにやろうとしてみた。


「おお、身体が動く! しかも俺の体じゃん!」


 一哲が普通に身体を起こして動き出す。

 その動きに違和感は全く無かった。


「それはあなたが自分の体を表に出して動かしたいって心の中で思っているから。やろうと思えば……いえ、その話は後にして今度は逆をやりましょう。桜ヶ平さん、身体を動かそうとしてみて」

「はん!もうこの体は俺がふぁひほへひー」


 一哲だった体がまたベッドに横たわり、一哲と加恋の体が交互に入れ替わる感じになってしまっていた。


「ということで両方が動かそうとするとそうなります。次は巌流島君が全身の力を抜いてリラックスしてみて」


 嫌だ、この体は俺の物だ。

 などと抵抗しそうなものだが、案外素直に身体を明け渡した。


「ああ、良かった。私の体……」


 全身が加恋の体へと変化し、加恋もまた体を自由に動かせるようになった。


「ということで、慣れないうちは片方が全身の主導権を得て動かすようにした方が良いわ」

「慣れないうちは?」

「慣れてくると一部分だけ変化させるとか、細かい変化も可能なの。その辺はおいおい、今は今日を乗り越えることを考えましょう。詳しくは分離してからの方が二人も質問しやすいでしょうし」


 ではその肝心の今日を、一哲として過ごすのか、それとも加恋として過ごすのか。


「!?」


 お互いに自分が動くと主張し、加恋だった体は制御を失いまたベッドに横たわってしまった。


「二人とも頑張ってるところ悪いけど、主導権を握ってどうするつもりなの?」


 冬星保健医の質問に、身体を奪い合っていた二人の思考がピタリと止まった。


「巌流島君が主導権を握って寮に戻ったら女子を男子寮に入れることになってしまうし、桜ヶ平さんが主導権を握って寮に戻ったら男子を女子寮に入れることになってしまうって分かってる?」


 いくら合体という例外だとしても、学園としてそれを認めることなど到底できない。


 ではどうするのか。

 このまま保健室に泊めてもらうことになるのだろうか。


 答えは決まっていた。

 しかもすでに裏で動き出していた。


「貴方達がどれだけ否定しても、これから何度も合体してしまうのは決定事項。これまでのペアは百パーセントそうだったから。その度に学校に泊まるなんて面倒でしょ」


 横たわる二人の身体は微動だにしない。

 冬星保健医が何を言おうとしているのか察して、そうでなければ良いのにと願っているのだ。


「おめでとう。恋人寮・・・に転寮決定。というか、もう業者に頼んで二人の荷物を運んで貰ってるから」

「そふゃあひへはんへこひむひんほいひあひゃほうりょきゃしゅまらへおんあへふぉ!」


 恋人寮。

 それは男子寮と女子寮から少し離れたところに建てられた、一軒家風の寮。


 学生の間に深い恋人関係になった者達だけが住めるその寮は恋人達の愛の巣。二人だけで思う存分イチャイチャ可能なその寮に転寮可能なのは、イチャつくことでより大きな成果を出せる恋人達だけ。しかも他の寮とは違い家の管理を全て自分達でやらなければならないため、実質同棲生活であり高校生がそれをこなしながら学問にも集中するのはかなりハードルが高い。


 世間的には頭がおかしい寮と思われるかもしれないが、それで成長するのなら何でも許されるのがこの学園の方針だ。過去最も熱烈だったペアは、なんと在学中に子供を産み、卒業後は研究者の道を選び今では若くしてノーベル賞の最有力候補と噂されている。


 そこは一哲が憧れていた場所。


 その場所に最も嫌いな女性と住まなければならない。

 しかも恋人関係だからではなく仕方なく。


 あまりにも絶望的。

 もちろんそれは加恋にとっても同様だ。


「おへふぁひほへはへはせあいおえへふあへひほふぁなんおへんい!」


 言葉にならなくても必死で止めてくれとお願いし続けてしまう。


 だが残念ながらこれは決定事項。

 男子寮と女子寮の二人の部屋は既にもぬけの殻。


 あまりにも不本意な同棲生活が強制的に始まってしまったのであった。









「冬星さん、あのことは言わなくて良かったのですか?」

「あのこと?」


 二人が失意のまま恋愛寮に送還された後、窓理教師は保健室に残って冬星保健医と話をしていた。


「通常バディは恋愛対象となりませんが、合体する場合は例外で百パーセント・・・・・・恋人になる・・・・・って話です」


 それもただの恋人関係ではない。

 熱烈な恋人関係であり、学生結婚をしたペアもいるくらいだった。


「私達みたいに、ですか?」


 そしてそのペアの一つが窓理と冬星だった。

 別性なのは同じ職場なのでややこしくならないために、冬星が敢えて旧姓を使っているだけ。


「ええそうです。最初はどれほど憎みあっても、必ず惹かれ合ってしまう運命。先に教えて心の準備をさせてあげるべきだったのでは?」

「そんなこと言われても反発するだけでしょ。あるいは教えたことでお互いを意識して早く関係が進むかもしれないけれど、そんなの野暮でしかないわ。高校生の恋愛に大人が口なんか出さないで彼らに任せた方が彼らにとって良いのよきっと」


 どちらにしろ、合体のことで頭がいっぱいな今、そんなことを伝えられてもよりパニックになるだけだろう。


「それともあなたは教えて貰った方が良かった?」

「…………いや、知らなくて良かった気がする。知らなかったからこそ、君が好きだと気付いた時の衝撃は凄まじかったんだな」

「そういうこと」


 昔の気持ちを思い出したからなのか、あるいは今もその気持ちが色あせていないのか。二人の影がそっと重なった。

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