第2話 そのフラグだけは回収して欲しくなかった。後、学園長は〇ね

「であるからして~当学園では~」


 長い。

 長すぎる。


 入学式での学園長による新入生向けの挨拶が、すでに十五分を越えている。


 しかもその内容があまりにも薄く、本当にやる意味があるのかと誰もが疑問に思う程度の物。


「(ぐっ……ね、ねむい……寝るな……いてぇ……寝るな……いてぇ……)」


 一哲は眠気と戦い、太ももを抓りながらどうにか意識を保っている有様だ。


「(女の子を見ていれば平気かと思ってたのに……あの学園長……魔法でも使ってんのか!?)」


 長く退屈な入学式であっても、可愛い女の子を見ていれば平気だと思っていたのに、そんな邪な意思さえバッキバキに折り砕くほどの催眠スピーチ。話のつまらなさだけでなく、抑揚も会場の適度な温度も、何もかもが眠気を誘ってくる。


「(ここで寝たら……最悪の学園生活になってちまう……起きるんだ……!)」


 私立輪音学園には一つの噂があった。


 入学式で寝てしまった新入生は、今後学園側から厳しく扱われてしまう。


 特にこの学園には特別なカリキュラム・・・・・・・・・があり、そこでハズレを引かされたら三年間の学園生活が地獄に様変わりしてしまう。それゆえ全ての新入生は意識を保とうと自らを傷つけながら必死に催眠に耐え続けていた。


 そして学園長のスピーチが三十分を経過した時。


「ふぉっふぉっふぉっ、どうやら今年も脱落者はいないようじゃのう」


 白髭ふさふさな学園長が、その髭をやさしく撫でながらそんなことを言い放ったのだった。


「(やっぱり噂は本当だった!?)」


 脱落者、と表現していると言うことは、ここで寝てしまったらやはり噂通りハズレの学園生活になってしまうかもしれないということだろうか。寝なくて良かったと新入生達が安堵したその時。


「寝たらアウトだなんて噂、嘘じゃぞ」

「「「「「「「「は!?」」」」」」」」


 学園長のカミングアウトに、新入生達は思わず声を出してしまった。


「生徒を育てる場なのに、そんなことするわけないじゃろうが」


 そんなことは分かっていた。

 でも『もしかすると』と思ったら耐えるしか無かったのだ。


「(いやまて、学園長があの噂を知っていたのなら、どうしてあんな眠そうなスピーチを……まさか!)」


 一哲の脳裏に最低最悪の考えが過ってしまった。

 そして学園長は同じことを考えた新入生達に向けて回答するかのように、にやりと笑って真実を告げた。


「君達が噂に踊らされているのが面白くて、つい……な」


 なんとこの学園長、新入生達が眠気に耐えて悶え苦しんでいるのを知っていて、敢えて催眠スピーチという嫌がらせをして遊んでいたのだ。


「「「「「「「(この禿!)」」」」」」」」


 新入生達が怒りに満ちた目で学園長を睨みつける。


 これが輪音学園の入学式、毎年恒例の行事。

 なお、先輩方は後輩にも同じ目に遭って欲しいと思い、真実を決して口外しないのであった。


「怒らない怒らない。どうせこの後のことが気になってどんなスピーチでも聞かんのじゃろう」


 それは確かにそうだった。

 新入生の誰もが、この後に説明される特別なカリキュラム・・・・・・・・のことで頭が一杯であり、学園長の言葉など聞かないだろう。そのことを憂いた学園長の意趣返しのようなものなのだが、なんとも大人げない。


「さてと、では老骨の戯れはこのくらいにして、後は若い者に任せるとするかのう。ふぉっふぉっふぉっ」


 そうして好感度をマイナスに振り切ってしまった学園長と入れ替わりに壇上に上がったのは、今年度の新入生代表。新入生代表は、入試で最も成績が良かった生徒が選ばれる。


 今年の代表は女子。

 それもかなりの美貌であることが横顔からもはっきりと分かった。


 姿勢良く、優雅に歩くその姿に誰もが見惚れ、会場の至るところから『ほぅ……』という溜息が漏れまくる。


 一人を除いて。


「チッ」


 会場中がその女生徒に虜になる中、一哲だけは不機嫌そうに舌打ちして下を向く。


「(つまんね、寝てよ)」


 それもそのはず、新入生代表は、先日公園で喧嘩した相性が悪い女生徒だったのだから。


 一哲は彼女の話を聞かず、眼を閉じて自分の世界に入り込んだ。


 そんな彼に壇上から冷たい視線が刺さっていたとは知らずに。


ーーーーーーーー


 学園長の悪戯のせいで無駄に長かった入学式が終わると、引き続きその場で大事な話が行われる。


 新入生が待ちに待った時間だ。


「ふぉっふぉっふぉっ、ではワシがまずは一言」


 などと学園長が嫌がらせをしようとして血走った眼で睨まれて退散するなどハプニングもあったが、それは問題なく始まった。


 説明を担当するのは屈強な肉体を持つ三十代くらいの見た目の男性教師。


「俺は一年生の学年主任の御園みその 勝年かつとしだ。今からお前らが一番聞きたかった話をしてやるぞ」


 その言葉に、会場がどよめいた。

 御園がフランクに話しかけてくれたことで、緊張感が薄れたのだろう。


「知らない奴はいないと思うが、ルールだから一から説明する」


 その言葉に、どよめいた会場内が一斉に静まる。それだけ興味がある話題ということだ。


「当学園には『バディシステム』がある」


 そのバディシステムこそが輪音学園の最大の特徴である特別なカリキュラム。


「全校生徒は同学年の男女でバディを組み、勉強にスポーツに行事にと、卒業まであらゆることに打ち込んでもらう。バディだからこその様々なカリキュラムを用意しているから楽しみにしていると良い」


 そしてこれからそのバディが発表されるということなのだから、興味が湧かない訳が無い。


「肝心のバディだが、当学園のスーパーコンピュータを使い、AIが最適な相手を判断する。というか、そもそも入試の段階でお前達二百人百組がバディを組めるように選別している」

「(やはりあの膨大な量の情報提供はこのためだったのか)」


 入学願書には、家族構成、家族との関係、好きな物、嫌いな物、交友関係、これまでの人生のあらすじ、得意なこと、苦手なことなど、とてつもなく沢山の項目を書いて提出しなければならない。


「(でもあれに嘘を書いたらどうなるんだ?)」


 自分をアピールするために『盛る』ことなど良くある話だ、偽の情報を提供し、それを使ってAIが判断したならば適切な判断が出来ないのではないか。


 そう一哲は訝しんだが、御園はまるでその心を読んだかのようにフォローをした。


「そうそう、AIの判断基準だが、お前達の願書に書かれた内容は使ってないから安心しろ」

「「「「「「「「!?」」」」」」」」


 新入生全員が驚いたように目を剥いて御園を見た。


「あんな嘘か本当かも分からない一方的な情報を元に判断なんかするわけないだろう」


 それなら一体どんな情報を使ったのか。その説明が続くのかと誰もが思ったが、御園は何も言おうとはしなかった。


「どうした、お前達。何か聞きたそうな顔をして。いいぞ、質問を許可しよう」

「はい!」


 御園の言葉に真っ先に反応したのは、一哲だった。


 もしかすると疑問に思ったことは聞いてはいけないことだから説明されなかったのではと尻込む新入生が多い中、躊躇なく行動してきたことに御園は少し驚いた。だが、この程度で驚くのはまだ早い。




「恋愛は禁止ですか?」

「「「「「「「「!?」」」」」」」」




 どうしてこの話の流れでそうなるのだろうか。

 AIに喰わせた情報について話をしているはずではなかったのか。


 ぶっちゃけ一哲にはそんなことはどうでも良かった。

 女生徒とイチャイチャしたくてこの学園にやってきたのだから、大事なのはそれがどの程度許されるか否か。


「お前面白れぇな!この状況でそれ聞くか!」

「それが一番大事なんです!」


 そう堂々と告げる彼に向けられる新入生からの視線は、あまり良いものではなかった。特に極めて美しい例の彼女は睨み殺すかのような視線を向けているのだが一哲は気付かない。


「まぁ良い。答えてやる。恋愛は自由だ」

「いいいいやっほおおおおう!」

「本気なら学生結婚したって構わない!」

「な、なんだってーーーー!!!!」


 それはつまり青年誌でしか描けないレベルのイチャイチャも許可されているということなのだろうか。そう一哲が鼻息を荒くし、その姿を見た女子達が身の危険を感じてドン引きしようとしたその時。


「できるものならな」


 そう至極真面目なトーンで告げた御園の姿に、一哲は得体のしれないプレッシャーを感じて口を噤んでしまった。


「そもそもだ。何故バディシステムなんてものがあるのか」


 それは説明する予定があったが一哲のせいで後回しになってしまった大事なお話。


「お前達の学力、そして人間性を最大限高めるための手法の一つ。バディを組んで競い合い研鑽することで、様々な成長を促す。それがバディシステムだ」


 もちろんそれが効果を為さない人が世の中には多くいる。

 この学園の生徒達は、システムによってバディシステムにより最大限成長すると見込まれた者だけなのだ。


「恋愛だって人の成長には欠かせないものだ。ゆえに我々は止めはしないし、自由にやれば良い。だが、果たして性に溺れるような人間をシステムが選択するかな?」


 好きな人のことを想うと勉強が身に入らない。

 あるいは性行為にドハマリしすぎて爛れた生活を送ってしまう。


 人間的に成長し、それと同時に学力向上も必須という条件で選別された生徒達が、果たして思う存分イチャイチャなど出来るのだろうか。AIがそのような判断をするだろうか。


 恋愛をするならするで、人間的に成長しながらも性に溺れないような、そんな人しか選ばれていないのではないか。あるいは、堕落する危険性のある人間の恋など確実に成就しないのではないだろうか。


「それでも……それでも俺は……!」


 AIを越えてやる。

 とまでは思わない。


 だがそれでも一哲にとって恋愛は諦められるものでは無かった。


「ふふ、そうやって悩むこともまた人生の糧となるだろう。他に質問はあるか?」


 一哲が切り出したおかげで場は活性化し、様々な質問が出るようになった。

 だが肝心の一哲は手をきつくにぎり、もう御園に何かを問いかけるようなそぶりは見せなかった。


 一通り説明が終わり、最後に御園は言う。


「肝心のバディだが、指定のクラスに行けば分かる。隣の席のやつがバディだ」

「(俺のクラスは六か)」


 イチャイチャラブラブな恋愛は出来ないかもしれない。

 そう言われて少し気落ちしていた一哲だが、すでに気持ちを切り替えており、自分のバディが誰なのかを楽しみに教室へと向かった。


「ふんふんふ~ん」


 足取りは軽く、どんな美少女がバディなのかと気持ち悪い顔をしながら歩いている。彼にとって美少女がバディであることは何故か確定事項だった。


「前に会ったあの可愛い子だと良いなぁ」


 自分の話をまともに聞いて相手をしてくれたあの子であれば、最高のバディ生活を送れるに違いない。


「いや、きっとそうだ。そうに違いない。だってこの学園に来て最初にお話しした女子だぜ。物語的にはそういう子こそがバディになって、『あなたはあの時の!?』なんて再会するのがお約束だろ!」


 確かにそれはお約束の一つだろう。

 だが、彼はそれ以上にもっと強固なお約束フラグを立てていることに気付いていない。


 いや、その可能性を無理矢理頭から追い出そうとしていた。


 だが一度立ててしまったフラグを降ろすのはそう簡単なことではない。

 本人が無意識に嫌だと願おうとも、そう願ってしまっていることすらもフラグとなってしまうのだ。


「ここが俺の教室か!」


 他の新入生と一緒に教室に入った一哲は、ホワイトボードに座席表が書かれていることに気付き、自分の席を探して移動した。


 そしてその場所へと到着すると、隣の席のバディもまた同じタイミングでやってきた。


「さぁって、俺のバディは……っと…………………………………………」

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 まるで周囲の音が消えたかのように、お互いに無言で長い間見つめ合う。

 その様子はまるで恋する男女のようだった、とは誰も思えなかった。


 何故ならば二人とも表情から感情がすっぽりと消えて真顔だったからだ。


 恋愛したいと質問したことで注目されている一哲。

 そしてあまりの美貌で新入生達を虜にしたことで注目されている新入生代表。


 もう会いたくないと伝え合った二人は、こんなにも早くに再会することになってしまった。


 それもバディという最も最悪な形で。


 その後、どれくらい経っただろうか。


 二人はバディらしく声を揃えて宣言する。


「「チェンジで」」

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