バディ・ボディ・バディ

マノイ

第1話 最低最悪な出会い

「おおー!ここがこれから俺が暮らすことになる寮か!」


 三階建ての鉄筋コンクリート。

 字面だけでは普通の建物のように感じられるが、各階が広大という特徴がある。


 個室の数はなんと階ごとに百部屋。

 しかも食堂や大浴場、レクリエーションルームなどもあるのだから巨大建造物と言っても差し支えないだろう。


 一階は一年生、二階は二年生、三階は三年生と学年ごとにフロア分けがされており、学園のほぼ全ての男子生徒がこの寮で生活している。


 入学式の前に学園にやってきた男子学生、巌流島がんりゅうじま 一哲いってつもまたこの寮に入寮予定だ。


「聞いてた通り、すんげぇ大きさだな。輪音りんね学園パネェわ」


 私立輪音学園。

 小高い丘の上に立つ全寮制の高等学園であり、最先端の設備の積極的な導入や入学難易度の高さ、そしてとある特殊なカリキュラム・・・・・・・・・で世間に注目されている。


 超高倍率を乗り越えて見事に合格を勝ち取った一哲だが、だらしない顔を浮かべて遠くにある女子寮の方を見つめていた。


「くぅ~!はやく可愛い子に会いてえ!すぐに彼女を作ってやる!」


 ピンク色の高校生活を思い浮かべて下半身を滾らせる一哲。その視線はすぐに別の方向へと向けられた。


「そして絶対にあっちに転寮してやるからな!」


 巨大な男子寮と女子寮。

 それらから少し離れた所に、小さな一軒家が数軒立てられていた。それらはある特殊な条件を満たした場合のみ住まうことが可能になる特別寮で、一哲はそこで生活することが目標だった。


「そうと決まれば早速チェックだチェック!」


 新生活を行うことになる男子寮への興味はとっくに失せ、サクっと入寮手続きを終わらせて自室に荷物を放り投げた一哲は、寮を飛び出して学園内の散策へと躍り出た。


「うっひょ~!可愛い子が沢山いんじゃん!」


 春休み期間中であるため帰省などで学園内に人は少なく、外を歩いている学生の数もかなり少ない。


 しかし一哲と同様に早めに寮に越して来て学園内を散策している新入生がそれなりに居た。


「くぅ~!今年の新入生はレベルが高い!俺ってラッキーじゃね!?」


 女子と仲良くなりたい一哲にとって、女性陣のレベルが高いことは幸運以外の何物でも無いだろう。もちろん、彼女達が下心満載の一哲に興味を抱くかどうかは別の話だが。


 大通りを歩いていたら、一際可愛いタイプの女子が歩いて来た。するとなんと一哲は彼女にナチュラルに声をかけたでは無いか。


「なぁなぁ、君も今年の新入生?」

「え?」


 突然のことに驚き目を白黒させる女子。

 一哲はそんな彼女が落ち着くのを待たずに攻勢をかけた。


「俺も新入生なんだ。よろしくな!」

「あ……う、うん」


 一気に距離感を縮めて握手を求めて手を差し出す一哲。

 あまりの勢いに引き気味だった女生徒だが、勢いに負けてかその手を取ってしまった。


「(うっひょ~!やわらけぇ!)」


 女子の手の柔らかさを目一杯堪能して長々と握手を続けようとする一哲。

 気持ち悪いと振りほどかれてもおかしくない行動だが、時間が経ち混乱から立ち直った女生徒は苦笑いを浮かべるだけだった。


「くすくす、面白い人」

「そうそう、俺って超面白れぇ奴なんだよ!」

「自分で言っちゃう?」

「事実だからな!」

「じゃあ面白いことどうぞ」

「え!?」


 最大級に高いハードルを課せられて慌てる一哲。勢いだけで押し切ろうと思ったところで、手痛いカウンターを喰らった形だ。


「ほらほら、早く早く。手の感触を楽しみながら胸なんて見てないでさ」

「ぐはっ!」


 一哲の視線がやらしいことも、女生徒の手を堪能していることも全部バレバレだった。

 その上で受け止めて軽口で返してくれるあたり、この女生徒は相当良い人なのだろう。


「ナンパ君の面白いところ見てみた~い」

「え、あの、その」


 突然の攻守交替に戸惑う一哲だが、手を掴まれているため逃げることも出来ない。


「はーやーくー、はーやーくー」

「ぐっ……え、ええと……」


 焦る一哲と煽る女生徒。

 ここで本当に面白いことを言えれば好感度をゲット出来たかもしれないのに、それが出来ないのが一哲という存在。慌てて何も出来ないでいる情けなさが逆にこの女生徒の琴線に触れ、揶揄ってくれている・・・・・のかもしれないが。


「はいざ~んねん。時間切れ~」


 女生徒は楽しそうに一哲にそう告げると、手を解放し、彼に背を向けて歩き出した。そしてそのまま一哲に告げる。


「女の子と仲良くなりたいなら、勢いだけじゃなくて、面白いことの一つや二つ言えないとね」

「くぅっ……」


 せっかく良い感じだったのに、何も出来ずにチャンスを棒に振ってしまったことで一哲は項垂れてしまった。


「くそぅ……で、でも良い感じだったよな。すっげぇ可愛い子だったし、次会ったら今度こそ仲良くなるぞ!」


 すぐに立ち直れる鋼メンタルっぷりが一哲の特技の一つだった。


「よ~し、次だ次!」


 そして更に女の子に声をかけるべく、近くの公園へと足を向けた。


「おお、女の子がたっぷり!」


 公園の中は学園内を散策している新入生で一杯だった。陽射しが強いこともあり、木陰が多いこの公園で休憩をしているらしい。


 片っ端から声をかけてやろうと一哲が気合を入れたその時、彼の目にとてつもない美人の姿が飛び込んで来た。


「うお……」


 それはベンチに座り本を読んでいる一人の女生徒だった。


 髪は腰まで長くサラサラで、穏やかな風にたなびいている。

 本を読んでいるからか、整った顔立ちは真剣でキリっとした美しさがある。

 そして何よりも制服を着ていても一目で分かる抜群のプロポーション。


「(女神だ……)」


 あまりの美しさに目を奪われ、テンション高くはしゃぐことも出来なくなってしまう。ただ吸い寄せられるように彼女をひたすら見つめ、息を吸うのも忘れ没頭して魅入ってしまった。


 幸いにも彼女は本を読むのに夢中で、一哲の不埒な視線には気付いていない。


「っと……こんなところで何をしているんだ?」


 彼女の顔をずっと見ていることがなんとなく気恥ずかしくなった一哲は、彼女が手にしている本に視線を向けた。


「!?」


 てっきり漫画か小説だろうと思っていた一哲だが、それが数学の参考書であることに気が付くと眼の色が変わった。


「チッ」


 それまでの楽しそうな表情が消え、舌打ちをして彼女から興味を失くしたかのように背を向けたのだった。


「あ~あ、嫌なもん見ちまった。他の子に声をかけて気分を変えよう」


 一哲は周囲の女子に声をかけ始めるが、どうにも上手く行かない。


「ごめんなさい!」

「うざ」

「うっわ……」


 声をかけるだけで女子がすぐに逃げてしまうのだ。


 相手が悪かったのか、最初の女生徒が特別だったのか、はたまた一哲の気分の悪さを彼女達が察してネガティブに感じてしまったのか。


「はぁ~……なんでだよぉ~……」


 何をしても上手くいかず、肩を落として失意のままに公園内をトボトボと歩く一哲。気付けば周囲に人が減っており、もう声をかける相手がいない。


「しゃーない。帰るか」


 今日は諦めて寮へと向かうべく、公園の出口へと体を向けた。


 その時。


「さいってい」

「ん?」


 声が聞こえたので振り返ると、そこには数学の参考書を持っていた女生徒が一哲を睨みながら立っていた。


「あぁ?」


 女子と仲良くしたい一哲なのに、全くそう思わせない程に不機嫌な声が出る。


「神聖な校内でナンパするとか信じらんない。何しに来たのよ」


 どうやらその女生徒は、学園内でナンパ紛いのことをしている一哲のことが気に入らなかったようだ。


「うるせえな。お前には関係ないだろ」

「関係あるわ。同じクラスだったら邪魔だもの」

「はん。入学前なのにこれみよがしに勉強して内申点稼ぎするような卑怯者には、俺みたいな真っ当な高校生は邪魔だろうな」

「誰が内申点稼ぎですって!それに誰が真っ当よ。ただの性欲魔人の変態じゃない!」


 彼女が勉強していることが気に入らない一哲。

 校内で女子に声をかける軽さが気に入らない女生徒。


 初対面ながら、お互いが心の底から気に入らない。


「変態だって相手を選ぶから安心しろ」

「なんですって!」

「なんだよ、選んで欲しいのか?」

「そんな訳ないでしょ!学生なんだから遊んでないで勉強しなさいよ!」

「っ!てめぇ!」

「勉強して良い大学に入る。それが私達高校生のやるべきことでしょ!」


 一哲は怒りで顔を真っ赤にし、今にも殴りかかりそうな雰囲気だったのだが、強く握った手はそのままに彼女に背を向けた。


「…………くだらねぇ」

「逃げ……」


 逃げるのか。

 同じく怒り心頭な彼女は一哲をそう責めようとしたが、一哲の尋常ではない雰囲気を察して言葉を止めた。


 それからどれだけ時間が経ったのか。


「はぁ~」

「はぁ~」


 両者が同じタイミングで深く息を吐いた。それと同時に張り詰めていた空気が弛緩する。


 一哲は彼女に背を向けたまま、顔だけを彼女の方に向けた。


「俺はお前が嫌いだ」

「私もよ」

「もう二度と会わないことを祈るわ」

「同感ね」

 

 一哲はその場を離れ男子寮に戻り、彼女もまた女子寮へと戻った。


 もう二度と会いたくない。


 それはこの学園の生徒で無ければ叶ったであろう願いに違いない。

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