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手紙を裏返すと、ポンス・ブルックス彗星の説明が簡単に書いてあった。1800年代にフランスの天文学者に発見された、約七十年かけて太陽を一周する周期彗星らしい。
周期彗星とは、太陽の周りをぐるぐるまわる彗星のことだ。
彗星は太陽に近づけば明るく見えるから、そのタイミングで地球上から見ることができる。
ポンス・ブルックス彗星の場合、次に地球から観察できるのは約七十年後だから――私は八十六歳になっている。
はたしてそこまで長生きできるだろうか?
それに私は周期彗星より、非周期彗星のほうが特別感があって好き。
非周期彗星は周期彗星と違って太陽に近づいたあと戻ってこないから、一度しか見ることができない。切ない彗星だけど、出会えたらすごくラッキーな感じがする。
その他、小包には水色地にオレンジのストライプリボンが二セット入っていた。手紙の下に続くPSを読む。
PS
陽が好きな水色とオレンジのリボンを見つけたので、一緒に送るよ。制服にあわせて友達に自慢してください。二つ贈るので、親友とおそろいでもイイネ!
私は手紙の最後を目でなぞった。……お父さんは365日夜空ばかり見上げてるから、娘が俯きがちで学校生活を送っていることを知らない。
子どもはみんな、生涯の親友がいて、友達に弱みも本音も全て打ち明けられると思ってる。ロマン主義者は度を越えると、人の痛みや悩みを想像できなくなるのかも。
私はお父さんからもらったリボンはつけずに、ローファーにつま先を突っ込んだ。
つるつるした合皮のスクールバッグを肩にかけると、外側のポケットに押し込んでいた赤いヘルプマークがぽろっと外に出てきた。
赤い背景に、白い十字とハートが切り抜かれているそのカードは、援助や配慮を生活で必要としている人が持つ――つまり“ハンデ”を持っていると健常者に訴えるサインだ。
私はカードを生き埋めにするように、外ポケットの奥に押し込んだ。
ドアを開けて、身支度をする前よりずっと憂鬱な気分で家を出る。六月の薄青い空には、刷毛で力任せにはいたような掠れた雲が広がっている。
秋澤理香子のピアノの音色は止まることを知らずに、まだ続いていた。
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