第2話
——過去に転がっていた思考を拾い上げて、僕は花を見つめる死神さんへ言葉をかける。
「死神さん。その花、兄さんが持ってきてくれたんだ。綺麗でしょ」
「……ええ。……人間は花の命も制御できるようになったのね」
死神さんは花に白く細い指先を向ける。暖かい橙色の花弁に触れた……と思った瞬間、彼女の指は花弁をすり抜けてしまう。
以前言っていた。彼女は生きているものに触れることはできないのだと。物理的に存在しているようで実際のところは僕にしか見えない幻のようなものだと。
「え、昔は散ってたの?」
「ええ。桜なんて一週間も経たずに散っていたわ」
「へぇ……」
にわかには信じ難い。かつては僕よりもか弱い存在というものが存在していたのか。
窓の外からライトアップされた桜は見たことがある。白い光に照らされた桜は風が吹けば散っていたけれど、翌日には再び花が枝に付き、人々が飽いて片づけられるまで変わらず咲き誇っていた……。
兄さんかが飾ってくれた花を見つめる。細い茎から考えるといやにアンバランスなほど大きな橙色の花弁が八枚。瑞々しい輝きに満ちた小さな花はいとも容易く手折ることができるだろう。けれど、手折られることさえ無ければ、きっと永遠に在り続ける。
僕とは違って……。
「嬉しいの? 地球の花が散ることが」
死神さんはいつもと寸分変わらない、お面に貼りつけたかのような無表情でとんでもないことを言ってくる。
「そんな訳ない!」
「別に責めているつもりは無いのだけれど」
小首を傾げ、彼女は小さく囁く。
「良いじゃない。仲間が居てくれて嬉しいと感じる事は普通のことよ」
そうなのだろうか。
それが、普通?
「死神さんもそうなの?」
「えぇ」
珍しく目を細めて薄く微笑んでいる。
「仲間はずっと昔に別の星系に行ってしまったから、もう何百年も会ってない」
徐に彼女の視線が外へと向けられる。僕も視線を追って窓の外を——紫色に染まった空を見上げる。昼間、空は藍色や紺色を緩やかに揺蕩い、一番大きく空に鎮座する恒星スマラグドスが透き通った光を放ち、大地に影を刻む。
スマトラグドスの他にも小さな星々が点々と昼空を飾っている。何にも遮られること無く、移ろうこともなく永遠に存在し続けるのだろう。
佇む無数の星々の中から地球を見つけることなんて到底できない。できたとしてもその光はずっとずっと昔に発せられたものだ。
一億光年もの距離に隔てられた今の地球がどうなっているのかなんてそれこそ神にしかわからないだろう。
徐々に空が淡い紫色に染まっていく。スマトラグドスが西の空に沈もうとしているのだ。
もうそろそろ美しい緑色の夕焼けが見られるはずだ。
病室の大きな窓からは空の様子がよく見える。小高い丘の上に立っている、十階建ての病院。その最上階の病室はこの町で一番空に近いかもしれない。
窓から何かを見下ろそうとしたことはほとんど無かった。兄さんが乗っている車が見つかると嬉しいけれど、それぐらいだ。
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