宙の死神
水無月 真凜
第1話
彼女がイマジナリーフレンドの類ではないと気がついたのは、十歳の頃だっただろうか。彼女が知るはずのない兄さんの仕事内容をぴたりと当てて見せた時に、ああ、彼女は僕の妄想ではないのだなとようやく実感できた。
真っ白な病室の窓際に飾られた美しいオレンジ色の花を見つめる、ゴシックロリータを纏った少女が振り向く。
血のような赤い瞳。白と黒の狭間を漂う色合いをした髪の毛が足首まで伸びている。肌は白く、整った顔に刻まれている無表情。
「花の美しさだけはいつの時代も変わらないわね」
花を愛でる彼女は死神だ。
医療技術が発展し人類から死の恐怖が消え去った現代で、彼女は僕の元に現れた。
「今の世界で私が役目を果たすことができるとしたら、あなたの元でしか果たせないだろうから」
淡々と感情を排していたわけでも、逆に舞台役者のように大げさに言っていたわけでもない。世間話の調子で平然と告げられた言葉に、初めは何が何だかわからなかった。……当時僕は確か六歳ほどだったから当然かもしれないけれど。
平穏とは言えない彼女との出会いだったが、僕は素直に受け入れることができた。両親は優しいし、兄さんも僕のことをとても大切にしてくれるけれど、ずっと病室に居てくれて話し相手になってくれるわけではないから、話し相手として彼女が居てくれることが嬉しかったのだ。
彼女とはいろいろな話をした。こちらが申し訳なくなるほどどんな質問にも答えてくれる彼女に、役目を果たせないってどういうこと? と素直に質問してみたこともある。彼女はあけすけな質問にもあっさり答えてくれた。
死神は、死の恐怖に怯える人間の元に訪れ、その魂を宥めながら死後の世界に連れていくことが存在理由なのだそうだ。
かつて僕たち人類が地球に住んでいた頃、彼女や彼女の仲間は東奔西走し、様々な人間の魂を慰め、死出の旅を共にしたと言う。けれど現代では病気はほぼ根絶されて、人類は常に健康的に保たれている。何か異常が発生すればすぐにわかるようモニタリングは完璧だ。そして希望するなら電脳化し永遠を手に入れることができる。恒星が発生させるエネルギーを永久的に利用できるようになった人間にとって、データ化した数多の魂を保存することなんて簡単だった。
人間のほとんどが健康を保ち続けるためのモニタリングを受け入れ安寧を享受しているので、終わりの瞬間に死の恐怖が発生しない。少なくとも僕が暮らす惑星メヘンでは死への恐怖というものはフィクションの中に出てくるドラゴンと同じように縁遠く、現実味の無いものとなっている。
だからこの星域では死神の仕事は無くなってしまったのだ。死に怯える魂がそもそも現れなくなってしまったのだから。
「でも、君は怖がっている。置いて行くことを、悲しませることを……自分に未来が無いことを」
死神さんは瞳を覗き込んできた。真っ赤な瞳が近付いてくる。
「うん……僕の脳、他の人と違うみたいで、電脳化する機械に上手く適応できないらしいし」
根絶されたはずの「死に至る病」に僕が脅かされた時、当然両親は闘病の苦しみを味合わせる位ならと電脳化処理を施そうとしたそうだ。けれど人類史上初の失敗判定をくだされてしまったのだ。弱冠十三歳で、かつ、まともな教育を受けていない僕にはその理由なんて知る由もない。僕のためにたくさん勉強してどうにか原因を見つけようとした兄さんならわかるのだろうけど。
「せめて、何か兄さんや父さん母さんに何か遺すことができれば良いんだけど」
「その気持ちだけで十分だと思うけれどね」
死神さんは眉を下げる。
「あなたが何か遺そうとしても、遺さなかったとしても、相手次第だから。死んだ後のことなんて気にする必要はない」
きっぱりと告げられる。
彼女は、長い間人の死や恐怖に寄り添ってきたからこそ達観しているのだろうか。
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