第3話 虎の咆哮、毒の甘言
弘樹の背後に顕現した黄金の茶室は、荒々しい断崖の上に不自然なまでに静謐な空間を創り出していた。玲奈の『籠城(クローズド)』によって周囲に満ちていた重い毒の空気が、茶室の結界によってかき消されていく。
「こんな……私の『籠城』が、ただの空間演出で無効化されるなんて……!」
玲奈の顔に、初めて動揺の色が浮かんだ。彼女の足元から伸びていた茨の触手も、茶室の結界に触れると力を失い、地面に落ちていく。
『主よ、劣勢を逆転させるには「美」と「調和」が何よりも有効。崩壊した能登の地を、新たな秩序で再構築するのです』
長近の意識が、弘樹の脳内に響く。
弘樹はゆっくりと歩みを進めた。玲奈の周囲を取り囲む結界が、長近の『城下構築(タウン・プランニング)』によって、まるで茶室の庭園のように再構成されていく。殺風景だった断崖が、苔むした岩や小川、そして満開の椿が咲き誇る「美しい箱庭」へと変貌を遂げた。
「これは……私を嘲笑っているの? 無益な抵抗よ!」
玲奈は苛立ち、その掌に黒い毒の渦を形成する。それは、周囲の空気を凝縮させたような、精神を蝕む猛毒だった。
『甘い。長続連は最後まで「自分の世界」に閉じこもった。それでは、この美しき世界には勝てません』
弘樹が放ったのは、玲奈の心を抉るような言葉だった。
その瞬間、玲奈の背後で、彼女自身が作り出した『籠城』の結界が、内側から崩壊を始めた。美しく再構築された弘樹の世界が、玲奈の世界を「上書き」し尽くしたのだ。
玲奈のカードがカラン、と音を立てて足元に落ち、霧散した。
彼女は膝をつき、茫然自失の表情で弘樹を見上げる。
「私は……何を……」
弘樹は何も言わず、ただ静かにその場を立ち去った。
11月8日、石川県金沢市郊外。
弘樹は次の聖域のヒントを追い、金沢市郊外の古いゲームセンターにいた。
その日、このゲームセンターの裏手にある廃ビルで、宇喜多凪(宇喜多直家カード所持者)が、他の参加者の一人――藤堂誠(藤堂高虎カード所持者)と交戦していた。
凪は、薄暗いゲームセンターの片隅で、スマホを無数のモニターに繋ぎ、指を走らせていた。
「……見つけた。藤堂高虎、お前は俺の『暗愚の猛毒』で、二度と城を築けなくしてやる……」
凪の操る宇喜多直家の能力『暗愚の猛毒』は、現実世界では目に見えない電波や情報に乗り、対象の精神を汚染する。藤堂誠の脳内に、彼の設計した建築物が次々と崩壊する幻覚が流れ込み、彼は廃ビルの中で発狂寸前だった。
その時、廃ビルの一部が突如として崩落した。
「落石だっ!」
弘樹の声が、ゲームセンターに響く。
廃ビルの隣にある崖から、大量の岩石が落下し、廃ビルを直撃したのだ。
「誰だ……俺の邪魔をするのは!」
凪は振り返り、弘樹を睨んだ。その視線の先で、廃ビルの崩落に巻き込まれた藤堂誠が、意識を失って倒れている。そして、彼のカードが地面に落ち、ゆっくりと霧のように消え去っていく。
しかし、その場にはもう一枚のカードが残されていた。
それは、他の黒鉄のカードとは異なり、燃えるような赤みを帯びた――**『加藤清正』**のカードだった。
「……こんなところで、別のカードがドロップするなんて……運がいいぜ、俺は」
凪はニヤリと笑い、そのカードを拾い上げた。
弘樹は、彼の背後から感じる「狂気」に、戦慄を覚える。
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