落書き
「そこら中に、センスの欠片もない落書きをしやがって……絶対にあの研究を完成させなければ」
落書きしようとしても、ラッカーなどの既存の塗料は全て弾き、一切定着することなく流れ落ちる。粘着テープも張り付かず、張り紙もできない。夢の塗料だ。研究は完成間近だった。
眞中がその研究を始めた理由は自らの美意識からだった。彼の唯一の趣味は絵画を描くことだった。休日といえば、スケッチブックを手に絵を描きに出かけるのが常だった。
そんな彼は街の落書きが許せなかったのだ。
数カ月が経ち、彼の研究が実を結んだ。眞中が塗料のプレスリリースを発表するやいなや、SNSで一気に情報が拡散した。誰もが皆、終わらないイタチごっこに頭を悩ませていたのだ。
塗料は飛ぶように売れた。利益度外視で、塗料の価格を安価に設定していたのも売れ行きに拍車を掛けた。眞中は塗料で儲けることに興味はなかったのだ。彼の行動理念は、『街の落書きを一掃すること』ただその一点にあった。
SNS、テレビ、新聞。ありとあらゆるメディアが眞中の功績に対する称賛の声に溢れていた。
しかし眞中は、「名声や金儲けのために研究したのではない」と、どのメディアの取材も受けなかった。
「これで、数年後には念願の美しい街が取り戻せる」
眞中は、ただそれだけ呟くと、休む間もなく次の研究に没頭し始めた。
◇
数年後、眞中の理想が現実のものとなった。街の落書きと張り紙は完全になくなっていたのだ。
そして眞中の次の研究も、完成の時を迎えていた。
眞中は、電車の車窓から、綺麗になった街を見渡しながら満足げに呟いた。
「あの特殊塗料が完成すれば、俺だけがこの街に美しい絵を描ける」
未来の日常 空木 架 @Jivca
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