人の心

「お前ぇには、人の心ってもんがねぇからな。だからこんな誰でも出来るような、簡単な事が出来ねぇんだよ。この役立たずが!」


 柏城敬一かしわぎ けいいちは、自身が社長を務める会社の従業員、朝井和人あさい かずとにそう言い放った。

 従業員と言っても、朝井は人間ではない。メーカーから派遣されたアンドロイドだ。

 

 10年前にベーシックインカムが導入されてからというものの、働き手は目に見えて減り続け、今では求人を出しても、人がほとんど集まらなくなっていた。企業が労働力の確保に苦労する中、メーカーが働き手としてアンドロイドの派遣事業に乗り出すのは必然だった。

 

 当初はロボットの様なデザインのアンドロイドだったが、3年前に導入された最新型は人にそっくりの外見をしていた。

 メーカーは、個体を識別出来る様に全てのアンドロイドの容姿を変えて設計した。さらに、『人にそっくりの見た目で、名前が記号では不都合が生じる』という理由で、彼らには人間らしい名前を付けていた。


「申し訳ございませんでした」


 深々と頭を下げる朝井に、柏城は追い打ちをかけた。


「そうじゃねぇだろ。謝り方ってもんを教えてやる。人間はそういう時、土下座をするもんなんだよ!」


 和人はひざまずき、床に額を付けた。


「申し訳ございませんでした」


「次は気をつけろ!」

 

 柏城は、忌々しく舌打ちをすると、社長室に入って行った。

 和人が経理部の自席に戻ると、隣の席の麻莉亜まりあが声をかけてきた。


「何あの剣幕? 朝井くん気にしないでいいわよ。あんなのただの八つ当たりなんだから」


「まぁ、いつものことですから。特に気になんてしていませんよ」


 柏城が朝井を叱責するのは日常だった。アンドロイドである朝井が、何かミスをすることはない。ミスをするとしたら、入力された指示自体を間違えているときだ。


「まったく……人間相手だと、パワハラで訴えられるから、アンドロイド相手に憂さ晴らしするなんて……最低な人ね。雇われ社長のくせに……」


 麻莉亜が和人を慰めていると、会社の入り口の扉が、ガチャリと開いた。この会社のオーナーである会長の佐山和道さやま かずみちだ。

 佐山は、社長の柏城とは正反対の、温厚な人物だった。以前から柏城の叱責を目にすると、決まって社長室に入り、彼をたしなめていた。


 おそらく、今の怒声も聞こえていたのだろう。

 

 佐山は、従業員の皆に挨拶をしながら、社長室へ入って行った。


「おはようございます、会長」

「柏城君、今日も元気だね」


 佐山は、いつもの言葉で柏城をたしなめた。


「元気なのはいいが、『人の心』ごっこはほどほどに頼むよ。この会社に雇われているのはアンドロイドなんだから」

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