第一部 第13話 はじめての町と、続いていく食卓

 森を抜けると、空の色が変わった。


 木々の影が途切れ、視界が開ける。

 風に混じる匂いは、土と草だけではない。


「……煙?」


 リシェルが鼻をひくつかせた。


「ええ」


 セレスが頷く。


「人の生活の匂い。

 焚き火、調理、鉄――町が近い証拠よ」


 ゆうは足を止め、振り返った。


 森は、変わらずそこにある。

 境界の奥も、静かなままだ。


 もふが、森の方を見つめている。


「……気になるか?」


「きゅ」


 それは肯定とも、不安とも取れる鳴き声だった。


 ゆうは小さく息を吸い、森に向かって心の中で言葉を置く。


 ――また来る。

 無理にじゃなく、ちゃんと。



 丘を越えた先に、町があった。


 高い石の壁

 門の前を行き交う人々

 聞こえてくる声、笑い、怒鳴り声。


「……すごい」


 リシェルが目を輝かせる。


「久しぶりの町だなあ」


 セレスは周囲を観察しながら、静かに言った。


「ここから先は、森とは違う。

 魔力より、人の感情が複雑に絡む場所よ」


「そっか……」


 ゆうは、革袋に入った包丁を思い出す。


 森では、魔力の乱れが“空腹”として感じられた。

 では、人の町では?


「……たぶん、こっちの方が、

 お腹空いてる人、多いかもしれないな」


 リシェルが吹き出した。


「なにそれ。

 でも、ゆうらしい」



 町に入る前、ゆうは小さな屋台を見つけた。


 簡素な鍋

 焦げかけたスープ


 店主の男は、どこか疲れた顔をしている。


「……うまくいってない、のかも」


 セレスが小さく呟いた。


 ゆうは、無意識に一歩前に出ていた。


 料理の匂い

 人の気配

 乱れた“温度”


 森と同じだ。


 場所が違うだけで

 世界はやっぱり、どこか空腹だった。


 ゆうは、屋台の鍋を見つめ、静かに決意する。


 直すためじゃない。

 救うためでもない。


 ――一緒に、ちゃんと食べるために。


 もふが、胸の結晶を淡く光らせた。


 森の奥で生まれた小さな光は

 今、町へと続いている。


「行こう」


 ゆうは、仲間たちを見る。


「次は、ここでごはんだ」


 こうして、調律の料理人の物語は、

 森を越え、人の世界へと歩み出した。


 ――第一部・完

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