第一部 第13話 はじめての町と、続いていく食卓
森を抜けると、空の色が変わった。
木々の影が途切れ、視界が開ける。
風に混じる匂いは、土と草だけではない。
「……煙?」
リシェルが鼻をひくつかせた。
「ええ」
セレスが頷く。
「人の生活の匂い。
焚き火、調理、鉄――町が近い証拠よ」
ゆうは足を止め、振り返った。
森は、変わらずそこにある。
境界の奥も、静かなままだ。
もふが、森の方を見つめている。
「……気になるか?」
「きゅ」
それは肯定とも、不安とも取れる鳴き声だった。
ゆうは小さく息を吸い、森に向かって心の中で言葉を置く。
――また来る。
無理にじゃなく、ちゃんと。
◆
丘を越えた先に、町があった。
高い石の壁
門の前を行き交う人々
聞こえてくる声、笑い、怒鳴り声。
「……すごい」
リシェルが目を輝かせる。
「久しぶりの町だなあ」
セレスは周囲を観察しながら、静かに言った。
「ここから先は、森とは違う。
魔力より、人の感情が複雑に絡む場所よ」
「そっか……」
ゆうは、革袋に入った包丁を思い出す。
森では、魔力の乱れが“空腹”として感じられた。
では、人の町では?
「……たぶん、こっちの方が、
お腹空いてる人、多いかもしれないな」
リシェルが吹き出した。
「なにそれ。
でも、ゆうらしい」
◆
町に入る前、ゆうは小さな屋台を見つけた。
簡素な鍋
焦げかけたスープ
店主の男は、どこか疲れた顔をしている。
「……うまくいってない、のかも」
セレスが小さく呟いた。
ゆうは、無意識に一歩前に出ていた。
料理の匂い
人の気配
乱れた“温度”
森と同じだ。
場所が違うだけで
世界はやっぱり、どこか空腹だった。
ゆうは、屋台の鍋を見つめ、静かに決意する。
直すためじゃない。
救うためでもない。
――一緒に、ちゃんと食べるために。
もふが、胸の結晶を淡く光らせた。
森の奥で生まれた小さな光は
今、町へと続いている。
「行こう」
ゆうは、仲間たちを見る。
「次は、ここでごはんだ」
こうして、調律の料理人の物語は、
森を越え、人の世界へと歩み出した。
――第一部・完
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