第一部 第12話 境界の向こうで、何かが変わる
朝の森は、昨夜とは別の顔をしていた。
霧は薄く、光はやわらかい。
鳥の声が戻り、土の匂いも穏やかだ。
「……静かだね」
リシェルが、弓を背負いながら呟いた。
「嵐の前、じゃないといいけど」
「嵐というより――」
セレスは、地面に手をかざし、目を細める。
「魔力の流れが、少しだけ整っている」
ゆうは足を止めた。
「整ってる?」
「ええ。
完全じゃないけれど、昨日より“呼吸”が楽そう」
もふが、胸の結晶を淡く光らせた。
「きゅ」
その光は、一定のリズムを刻んでいる。
――何かが、変わった。
◆
森の境界は、目に見えて分かるものではない。
だが、そこに立てば分かる。
空気が違う。
音が遠く、匂いが薄い。
「ここが……」
リシェルが息を呑む。
「ええ。
人の生活圏と、森の魔力圏の境目」
セレスの声は低い。
「そして――影が生まれやすい場所」
ゆうは、昨日のことを思い出していた。
逃げた影もふ族
視線
残った温度
境界の地面には、小さな痕跡があった。
「……足跡?」
ゆうが指さす。
もふ族のものだ。
だが、影の色はない。
「戻りかけてる……?」
リシェルの声に、希望が滲む。
セレスは慎重に首を振った。
「断定はできない。
けれど、“留まる理由”が生まれた可能性はある」
「理由……」
ゆうは、背負った革袋に手を伸ばした。
包丁
鍋
そして、昨日の残りの食材。
「じゃあ、今日は――」
「作るの?」
リシェルが笑う。
「うん。でも」
ゆうは、境界の奥を見つめた。
「呼ばれなかったら、置いていくだけ」
料理を“差し出す”のではなく、
“そこに在る”ものとして。
火を起こし、鍋をかける。
湯気が立ち上り、香りが広がる。
境界の向こう側で、何かが揺れた。
姿は見えない。
だが、確かに――“聞いている”。
もふが、静かに鳴いた。
「きゅ……」
その声に応えるように
境界の奥から、微かな光が瞬いた。
黒ではない。
白でもない。
その中間の、迷いの色。
ゆうは、何も言わず、ただ火を見つめ続けた。
踏み込まない。
追わない。
それでも――ここにいる。
境界は、まだ越えられていない。
だが確かに、
向こう側から、一歩近づいてきているものがあった。
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