第一部 閑話1 ゆうの記録:料理人であるということ

 町の門が見えたとき、ゆうは不思議と足を止めなかった。


 振り返れば森がある。

 焚き火があって、鍋があって、もふがいて――

 それだけで、十分だったはずなのに。


「……不思議だな」


 自分は特別なことをしていない。

 戦えないし、魔法も使えない。

 ただ、食べる人のことを考えて料理を作っただけだ。


 それなのに、誰かの胸の奥が整って、世界の空気が少しだけやわらぐ。


 料理人として、それはとても自然なことだった。


 腹が減っている人に、温かいものを出す。

 不安そうな顔を見たら、味を少し優しくする。


 ――それだけ


 けれど、この世界ではそれが“力”になるらしい。


 ゆうは包丁の柄を確かめるように触れた。


「直すためじゃない」


 誰かを変えるためでも、救うためでもない。


「一緒に、ちゃんと食べるためだ」


 その言葉だけは、もう揺らがなかった。

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