第一部 閑話 観測者の記録:信じるという選択

 ――記録を更新する。


 対象:調律者候補ユウ


 影響範囲:局所(もふ族/影もふ族/周辺魔力場)


 結果:想定外


 彼は“修復”を選ばなかった。


 本来、調律とは乱れを正し、欠損を埋め、あるべき形へ戻す行為だ。

 だが彼は、踏み込まなかった。


 拒絶される可能性を理解し、

 それでもなお“届けたい”衝動を抑えた。


 ――恐怖よりも、尊重を選んだ。


 影もふ族の反応を確認する。


 逃走。

 しかし完全な遮断は行われていない。


 視線の接触、感情波形の揺らぎ

 微弱だが、確かに“温度”が残留している。


 これは異例だ。


 多くの調律者は、結果を急ぐ。

 世界を救うという大義のもと、善意で踏み込み、壊してきた。


 彼は違う。


 腹を満たし

 火を囲み

 同じ時間を過ごすことでしか、信頼は生まれないと知っている。


 ――料理人らしい結論だ。


 評価を更新する。


 《未完成の調律者》  →《待つことができる調律者》


 成功率の算出は不可能。


 だが――


 世界が彼を拒まなかった理由が、少しだけ理解できた。


 観測は継続する。


 次の変化は、境界の向こう側で起こるだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る