第一部 閑話 夜に残る温度

 焚き火の跡は、まだ微かに温かかった。


 夜の森は静かで、音という音が遠ざかっている。

 それでも、完全な闇にはならなかった。


 ゆうは、冷めかけた鍋の縁に手を置く。

 指先に残る熱は、さっきまで確かにここに“食卓”があった証だった。


 料理は消える。

 食べ終えれば、形は残らない。


 けれど――


「……ちゃんと、届いたよな」


 誰にともなく呟く。


 もふが、ゆうの足元で丸くなり、きゅい、と小さく鳴いた。

 胸の結晶は、完全ではないが、黒さを少し失っている。


 完璧じゃない。

 全部は救えていない。


 それでも


 空腹だった何かが、“食べた”という事実だけは、確かに残っている。


 ゆうは、夜空を見上げた。


 星は、相変わらず遠い。世界は、相変わらず広い。


 けれど、ほんの少しだけ――

 この世界と、自分の距離が縮まった気がした。


 鍋の中は、空だ。


 だからこそ、次に何を作るかを考えられる。


 ゆうは立ち上がり、静かに、森の奥へと歩き出した。

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