第一部 第6話 満たされない子ども
異変は、はっきりとした形で現れた。
町の診療所。そこには、熱に浮かされた子どもたちが並んでいた。
「命に別状はありません」
年配の治療師が言う。
「でも……薬も、魔法も、効きが悪くて」
その言葉に、セレスが小さく息を呑んだ。
◆
ゆうは子どもたちの様子を見て、すぐに気づいた。
大人たちは、少し疲れてはいるが回復している。
だが――子どもだけが、どこか“空っぽ”だった。
「……食べてるはずなんだよな?」
母親の一人が、力なく頷く。
「ええ……ちゃんと食べてるのに……元気が出なくて……」
もふが、ゆうの肩の上で小さく鳴いた。
「きゅ……」
胸の結晶が、弱く、黒く揺れている。
◆
その夜、ゆうは診療所の厨房を借りた。
子ども向けの、消化のいいスープ。味も香りも、いつも以上に優しく整える。
――大丈夫。 ちゃんと、届くはずだ。
だが
スープを口にした子どもたちは、眠りはしたものの――
魔力の揺らぎは、完全には消えなかった。
「……効きが、弱い」
ゆうは、はっきりとそう感じた。
セレスが、唇を噛む。
「やっぱり…… 大人と子どもでは、影響の受け方が違う」
「どういうこと?」
リシェルが不安そうに聞く。
「子どもは、魔力の流れがまだ定まっていない。
だからこそ……“欠け”に、真っ先に触れてしまうの」
◆
もふは、子どもたちの傍を離れなかった。
胸の結晶を淡く光らせ、まるで寄り添うように、その場に留まっている。
「きゅ……きゅぅ……」
その鳴き声は、祈りに近かった。
ゆうは拳を握りしめる。
「……俺の料理でも、完全には届かない相手がいる」
初めて感じる、はっきりとした限界。
セレスは静かに言った。
「でも、ゼロじゃない。届いているからこそ……
“足りない”と分かるのよ」
◆
そのとき
町の外れから、冷たい風が吹き込んだ。
もふの胸の結晶が、強く黒く揺れる。
「きゅ……!」
闇の向こう。
まだ姿は見えない。
けれど――
“何か”が、子どもたちの方を見ている。
ゆうは、ゆっくりと立ち上がった。
「……放っておけないな」
それは使命感ではなく、ただの料理人としての感覚だった。
ちゃんと食べられない子どもがいるなら、理由を見つけて、腹いっぱいにさせる。
それだけだ。
この町は、そして世界は――
まだ、救いを待っている。
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