第一部 第6話 満たされない子ども

 異変は、はっきりとした形で現れた。


 町の診療所。そこには、熱に浮かされた子どもたちが並んでいた。


「命に別状はありません」


 年配の治療師が言う。


「でも……薬も、魔法も、効きが悪くて」


 その言葉に、セレスが小さく息を呑んだ。



 ゆうは子どもたちの様子を見て、すぐに気づいた。


 大人たちは、少し疲れてはいるが回復している。

 だが――子どもだけが、どこか“空っぽ”だった。


「……食べてるはずなんだよな?」


 母親の一人が、力なく頷く。


「ええ……ちゃんと食べてるのに……元気が出なくて……」


 もふが、ゆうの肩の上で小さく鳴いた。


「きゅ……」


 胸の結晶が、弱く、黒く揺れている。



 その夜、ゆうは診療所の厨房を借りた。


 子ども向けの、消化のいいスープ。味も香りも、いつも以上に優しく整える。


 ――大丈夫。 ちゃんと、届くはずだ。


 だが


 スープを口にした子どもたちは、眠りはしたものの――

 魔力の揺らぎは、完全には消えなかった。


「……効きが、弱い」


 ゆうは、はっきりとそう感じた。


 セレスが、唇を噛む。


「やっぱり……  大人と子どもでは、影響の受け方が違う」


「どういうこと?」


 リシェルが不安そうに聞く。


「子どもは、魔力の流れがまだ定まっていない。

 だからこそ……“欠け”に、真っ先に触れてしまうの」



 もふは、子どもたちの傍を離れなかった。


 胸の結晶を淡く光らせ、まるで寄り添うように、その場に留まっている。


「きゅ……きゅぅ……」


 その鳴き声は、祈りに近かった。


 ゆうは拳を握りしめる。


「……俺の料理でも、完全には届かない相手がいる」


 初めて感じる、はっきりとした限界。


 セレスは静かに言った。


「でも、ゼロじゃない。届いているからこそ……

 “足りない”と分かるのよ」



 そのとき


 町の外れから、冷たい風が吹き込んだ。


 もふの胸の結晶が、強く黒く揺れる。


「きゅ……!」


 闇の向こう。

 まだ姿は見えない。


 けれど――

 “何か”が、子どもたちの方を見ている。


 ゆうは、ゆっくりと立ち上がった。


「……放っておけないな」


 それは使命感ではなく、ただの料理人としての感覚だった。


 ちゃんと食べられない子どもがいるなら、理由を見つけて、腹いっぱいにさせる。


 それだけだ。


 この町は、そして世界は――


 まだ、救いを待っている。

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