第一部 第5話 満たされない食卓
最初の
「いい匂い……普通の町だね」
リシェルが少し安心したように息を吐いた。
「ええ。魔力の流れも安定しているわ」
セレスも頷く。もふはゆうの肩の上で、きゅい、と小さく鳴いた。
――少なくとも、表向きは。
◆
異変に気づいたのは、宿屋の食堂だった。
夕食に出されたのは、素朴な煮込み料理。香りも見た目も悪くない。だが、一口食べた瞬間、ゆうは違和感を覚えた。
「……美味しく、ないわけじゃない」
味は整っている。塩加減も火の通りも問題ない。それなのに――腹の奥に、何も残らない。
「どうしたの?」
リシェルが首をかしげる。
「いや……食べてるはずなのに、満たされない感じがする」
セレスが静かにスプーンを置いた。
「……やっぱり」
「やっぱり?」
「この町、魔力は安定しているけれど……“循環”が弱いわ」
セレスは周囲を見渡す。
「人も、土地も、食べ物も。ちゃんと回っていない。例えるなら――食べても栄養にならない状態ね」
もふが、胸の結晶をわずかに曇らせた。
「きゅ……」
◆
翌日、町を歩くと、それははっきりと見えてきた。
・元気が出ない商人 ・治りきらない軽い病 ・笑顔はあるのに、どこか疲れた人々
「重症じゃない……けど、全体的に“足りてない”感じだね」
リシェルの言葉に、ゆうは頷いた。
「腹が減ってるってほどじゃない。でも……ちゃんと食べられてない」
その夜、ゆうは宿の厨房を借りた。
特別な材料は使わない。町で買った野菜と肉、ありふれた香草。
――でも、整える。
包丁を入れ、火を入れ、素材の“調子”を聞くように鍋をかき混ぜる。
出来上がった料理を、宿の主人と客たちに振る舞った。
◆
「……あれ?」
一人の男が、目を瞬いた。
「なんだこれ……腹に、ちゃんと来る」
「力が……入る?」
ざわめきが広がる。
もふの胸の結晶が、柔らかく光った。
セレスは、はっきりと確信する。
「……やっぱりね。この町は壊れていない。ただ――空腹に慣れてしまっているだけ」
ゆうは鍋を見つめ、静かに言った。
「なら、まだ大丈夫だ。ちゃんと食わせれば……戻れる」
◆
だが、その夜。
もふが、突然震えだした。
「きゅ……きゅぅ……」
胸の結晶が、かすかに黒く揺れる。
町の外。闇の向こうで――何かが、確かに動いていた。
この小さな歪みが
やがて“影”を呼び寄せるとは、まだ誰も知らなかった。
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