第一部 第3話 魔法学者セレスと、調律という言葉

 翌朝。


 焚き火の跡を片付け、三人――正確には二人と一匹は、森を進んでいた。


 もふは相変わらず、ゆうの足元をちょこちょこと歩いている。


「ねぇゆう」


 前を歩きながら、リシェルが振り返った。


「昨日のあれ、本当に“料理の延長”なの?」


「うーん……」


 ゆうは少し考えてから答える。


「素材の状態を見て、足りないものを補って、過剰なものを抑える。それを美味しくまとめる……いつもやってることと、あんまり変わらないんだけどな」


「変わってるってレベルじゃないから!」


 即座のツッコミ。


 そのときだった。


「――興味深いですね」


 背後から、落ち着いた女性の声がした。


 二人が振り向くと、そこにはローブを纏った女性が立っていた。

 銀縁の眼鏡。穏やかながら、鋭い眼差し。


「あなたの今の話、とても興味深い」


「……誰?」


 リシェルが警戒する。


「失礼。私はセレス。魔法学者です」


 そう名乗ると、セレスはもふに視線を向けた。


「その子……魔力の流れが、非常に安定していますね」


 ゆうは思わず目を見開いた。


「分かるんですか?」


「ええ。むしろ、ここまで“整っている”のは珍しい」


 セレスは一歩近づき、静かに言った。


「あなたが、何かしましたね」


 ゆうは否定しなかった。


「料理を、少し」


「やっぱり」


 セレスは小さく息を吸い、はっきりと言葉にした。


「それは単なる回復魔法ではありません。魔力の“調律”です」


「……ちょうりつ?」


「音楽用語ですが、この場合は“乱れた流れを、本来あるべき状態に戻すこと”」


 セレスは続ける。


「魔力とは、本来とても繊細なもの。強めればいい、増やせばいいという話ではない」


 もふが、きゅいっと鳴いた。


「その子が落ち着いているのが、何よりの証拠です」


 リシェルが、ゆうを見る。


「……名前、ついたね」


「え?」


「ゆうの力」


 ゆうは少し困ったように笑った。


「名前がつくほどのものじゃ……」


「あります」


 セレスはきっぱり言った。


「そして、その力は――この世界にとって、とても重要です」


 森の奥で、微かに冷たい気配が揺れた。


 もふが、きゅ、と小さく鳴く。


 セレスは視線を細めた。


「……影の兆しですね」


「影?」


「いずれ話します。ただ――」


 セレスはゆうを見つめた。


「あなたの料理は、助けを求める存在に必ず届く」


 ゆうは、包丁の重みを思い出す。


「……だったら、作るしかないですね」


「ええ」


 セレスは静かに微笑んだ。


「調律の料理人として」


 こうして、理論と感情が揃い、三人と一匹の旅は、次の段階へ進むのだった。

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