第一部 第2話 弓使いの少女と、信じる味

 森を抜ける途中、風を切る音がした。


 次の瞬間、ゆうの足元すれすれを矢が掠め、木の幹に深く突き刺さる。


「動かないで!」


 張りのある声、続けて、獣の唸り声が響いた。


 姿を現したのは、魔力に歪んだ狼型の魔物だった。

 身体の一部が黒く濁り、呼吸も荒い。


 その前に立っていたのが、弓を構えた少女――リシェルだった。


「離れて!」


「待って」


 思わず、ゆうは声を上げた。


「……は?」


 矢を番えたまま、リシェルが振り返る。


「戦えない。でも……あれ、腹が減ってる」


 少女は一瞬、何を言われたのか分からないという顔をした。


「魔物だよ!?」


「うん。でも、空腹の匂いがする」


 ゆうは鍋を取り出し、火を起こした。



 数分後。


 森に漂う香りに、魔物の動きが鈍る。

 荒れていた魔力が、少しずつ落ち着いていく。


 完成したスープを地面に置くと、魔物は警戒しながらも口を付けた。


 ――そして、静かに倒れ伏す。


 死ではなかった。

 眠りだ。


「……なに、これ」


 リシェルは弓を下ろし、呆然と呟いた。


「料理」


「いや、そうじゃなくて……」


 ゆうは苦笑する。


「俺も、よく分かってない」



 焚き火の前。


「私、リシェル。あんた、何者?」


「ゆう。料理人」


 少女は一瞬黙り込み、やがて笑った。


「……変だけど、でも、嫌いじゃない」


 その夜、リシェルは決めた。


 この料理人を、もう少し見てみようと。

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