一。

「あやか、ちゃんと自己鍛錬をしているようだな……」

 よ、とあやかの兄が、自宅の庭先にいるあやかの様子を見に来て言った……。

「あ、お兄……」

 お昼過ぎ。

 あやかは自宅の庭先で、竹刀で素振りの練習をしているところだった……。

 そんな兄に、あやかは言った…。

「言ってもはじまらないけど…わたしだってなりたくて退魔師の家系に生まれてきたわけじゃない……。だけど…この血には抗えない……わたし自身なんだから……」

「……」

 兄は、あやかの話を黙って聴いている…。

「退魔師の血だからって、悪霊が退治されたくないから…と、わたしを見て逃げるものもいれば…その逆に、わたしに向かってくるものもいる……。きのうの夜だってまた…家に帰ってくる途中で、公園内で悪霊とたたかってきたし……」

 あやかは半ば落胆しながら言った……。

「そうなのか……」

 兄は、あやかの事を心配そうに言った……。

「うん……」

「ケガなどはしてないか?」

「見てのとうり」

 あやかは、軽く両手をひろげて言った。

 そうか、と兄。

 あやかは話を続けた。

「わたしは何も、世の為人の為にとたたかっている訳じゃない……わたしがたたかっている理由は、わたし自身を守る為にだよ……」

 それからあやかは、一呼吸おいてから言った……。

「わたしが望んでいなくても……この血の縁からは…逃れられないから……」

「……。そうだな……」


 ♢


 その日の夜。

「こいつは、いいですね……」

 崖の上に座って下を見下ろす男が言った…。

 その男が見ているものは、正確には、その崖の下にいる、あやかとたたかった悪霊の事なのだけれど……。

「誰だ!?」

 悪霊が声のしたほうへ振り向くと、そこには、夜空に浮かぶ月を背景にして、全身を黒いコートで身を包んでいた。

 その男の顔は、長い黒髪で隠れていて、その表情はわかりにくかったけれど、その顔に、薄ら笑いを浮かべているのはわかった……。 

「あの退魔師とのたたかいの傷を回復する為に…他の悪霊を取り込んで、融合していっているのですか……。キミは、力を蓄えていっているんですね……」

 確かに昨晩から、あやかとたたかったこの悪霊は、各地を転々としながら、同じ悪霊をさがしだし、この悪霊のその体内へと、吸収していっていた……。

「……」

「九十九神化していってますね……」

 黒ずくめの男は嬉しそうに言った……。

 そんな男に、悪霊は言った。

「おまえは…? 我らの姿がみえているのか……?」

「もちろん、みえていますとも……」

 そう言った男に、悪霊は警戒しながら訊いた……。

「もしかして…退魔師か……」

 男はこたえた。

「違う違う、私は退魔師ではないですよ。私をあの、自分の都合に合わない存在を、すぐに否定する人達と一緒にしないでください……」

 悪霊は言った…。

「それじゃあ、いったい…おまえは誰だ……?」

「これは失礼しました」

 男はそう言うと、男の周囲から、ボウ…とどこからか無数の人玉が現れて、男の周りを浮遊していく……。

「私はマトリ。見てのとうり、死霊使いですよ……」

 黒ずくめの男ーーマトリは悪霊に名乗った。

「死霊使い……」

 悪霊は復唱した……。

「ええ……。私は、退魔師程の霊力の持ち主に、とても魅力を感じているのですよ……。だから、退魔師の家を探しだし、その人間を狙っていたのです……私のコレクションにしたいのですよ…私の死霊としてね……」

「あの女は、退魔師ではないぞ……」

 悪霊は言った……。

「そうなのですか……。ですが、魅力的な霊力の持ち主には変わりはないですから……」

「……」

「だから、キミとあの女の人とのたたかいを、私も見ていました……。いいですね…あの女の人……」

「……」

「あの人に復讐したいのでしょ……」

「……」

 マトリは微笑んで言った……。

「だからその為に、キミのレベルがさらに一気に上がるようにと…私がキミに力をかしてあげますよ……」

 マトリがそう言うと…マトリの周りをとんでいた無数の人玉が、悪霊に向かっていった……。

「!?」

 困惑する悪霊に、マトリは言った……。

「キミにこの死霊達を…憑依させてあげますよ……」


 グオオオオオオオ……。


「……」

「フ。では行きましょうか……あの女の人のところへ……」

 マトリはその顔に薄ら笑いを浮かべながら言った……。

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