第9話

都心の雑居ビルの一室。  壁一面に敷き詰められたモニターが、異なる角度から光の足取りを映し出していた。 「今回の候補者の評価は?」  スカイブルーのスーツを着た、肌の白い男が口を開いた。 「手際が悪すぎる。指紋、DNA、目撃者。後処理のコストを考えれば、不合格だ」


 もう一人の、日焼けした長身の男が、ディスプレイの一点を指差した。 「いや。合格だ。これ以上の適材はいない」 「正気か。彼女は一族を皆殺しにしただけでなく、自分の血まで残しているんだぞ」 「そこがいい」  男は、光が駅員に処置を受けている最中の顔を拡大した。 「彼女は、自分が女であることを捨て、存在そのものを『暴力』へと変換した。あの駅員を見ろ。血まみれの『男』を恐れるあまり、彼女に喉仏がないことにも、腰のラインの違和感にも、誰も気づかなかった。恐怖は、あらゆる変装よりも完璧なカモフラージュになる」


 日焼けした男は、冷めたコーヒーを口にし、続けた。 「掃除屋からの報告によれば、彼女は現場の生理用品を即座に医療用具として転用した。あの極限状態でだ。山本の一家は、彼女の『復讐心』を点火するためのただの薪に過ぎない。彼女は自分が正義の執行者だと思い込んでいるが、実際には我々の管理プロセスの一部として、完璧に機能した」


 男はキーボードを叩き、光の個人ファイルに『認証:Sランク』の刻印を打った。 「彼女は、背後に我々がいることすら一生気づかないだろう。ただ、自分が望めば世界を壊せると信じ込んでいる。その増長した全能感を与え続け、我々が望む方向にターゲットを置くだけだ。後始末は、これまで通り我々事務方がやればいい。彼女はただ、次の『火を点ける場所』を与えられるのを待っている」


 モニターの中、夜の群衆に紛れる光の背中が、システムの深い闇の中へと消えていった。


(了)

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聖域 北尤 @nekonami_desu

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