第6話
一階へ降りた光は、キッチンへ向かった。 冷蔵庫を開け、一リットルの牛乳パックを掴み出す。注ぎ口を力任せに引きちぎり、パックを傾けた。冷たい白い液体が、乾ききった喉を通り抜ける。飲み下せなかった牛乳が口角から溢れ、胸元の赤い返り血と混ざり合い、不気味なピンク色の筋となって腹部へ流れていった。 次に、冷凍庫から四つのアイスカップを取り出した。スプーンを探す手間を惜しみ、光はカップの側面を両手で握りつぶした。中身がせり上がってきたところを、指で掬い、あるいは直接口を寄せて嚥下した。 四つすべてを空にすると、光は潰れたカップをゴミ箱の奥深くに押し込んだ。
右手の傷が、心臓の鼓動に合わせて激しく脈打っている。 光は洗面台の下を漁り、生理用品の袋を破った。厚手のパッドを傷口に当て、粘着面を掌に貼り付ける。その上からキッチンペーパーを二重に巻き、輪ゴムで固定した。 再び二階へ戻る。 光は廊下に転がっている女の両脇に手を差し入れた。死体はすでに、エアコンの冷気で表面温度を下げ始めていた。光は女を主寝室へと引きずる。フローリングには、筆で描いたような太い血の線が引かれた。 主寝室のベッドカバーを剥ぎ取ると、光は四つんばいになり、廊下の血の跡を拭き始めた。右手の怪我を庇う様子もなく、一定の速度で、往復運動を繰り返す。 廊下から赤い汚れが消えると、光は主寝室のクロゼットを開けた。 整然と並ぶスーツ、高級な時計、イヤリング。光は引き出しの奥から、帯のついた二十万円の現金を見つけ、それをデイパックに放り込んだ。
それから、光はデスクの上のノートパソコンを開いた。 ブラウザの履歴から「パパの会社」というページを開く。そこには、笑顔の男の写真があった。「山本一級建築士事務所」。男の華麗な経歴が、無機質なフォントで綴られている。 光は男の顔写真を三分間、微動だにせず見つめ続けた。 やがて、光は椅子に深く腰掛け、目を閉じた。極限の緊張と重労働の果てに、意識が深い闇へと沈んでいった。
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