第4話

窓は高い位置にあったが、フェンスがそのすぐ側まで迫っていた。  光はフェンスの金網に足をかけた。溶鉱炉から取り出されたばかりのような熱が靴底を突き抜ける。光は痛みを無視し、腕の力だけで身体を引き上げた。  浴室の中は、白いタイル張りだった。ジャグジー付きの細長い浴槽が、闇の中にぼんやりと浮かんでいる。光はプールに飛び込むような格好で、頭から窓の隙間に滑り込んだ。バスタブの縁に両手を突き、逆立ちの状態で足を室内に引き込む。着地の際、タイルの上の水滴が光の肌に触れた。    光は浴室のドアを数ミリずつ開けた。  廊下からは、二十四度に管理された人工的な冷気が流れ込んできた。背中に張り付いたTシャツが急激に冷え、光の身体を震わせる。  LDKは二十畳を超える広さだった。ベージュのフローリングは鏡のように磨き抜かれ、光の影を鮮明に映し出している。白い皮革のソファー、ガラスのテーブル、壁一面の巨大な液晶モニター。キッチンには、威圧感のある大型の冷蔵庫が鎮座していた。  玄関には、砂のついた子供の運動靴が二足、そして女物の白いサンダルが、定規で測ったように整然と並べられていた。  人の気配はない。しかし、室外機は回っている。  光は階段の壁に身を寄せ、音を殺して二階へと上がった。


 二階には三つのドアがあった。  光は一番手前のドアのノブを握り、ゆっくりと回した。  子供部屋だった。八畳ほどの空間に、木製の学習机とランドセルがある。ベッドの上には、タオルケットに包まった男の子が丸くなって眠っていた。  光はベッドの脇に立ち、子供の寝顔を三秒間見つめた。それから、両手を子供の首へ伸ばした。  子供が目を覚ました。見たこともない男が自分を覗き込んでいることに、子供の脳は理解を拒否しているようだった。小さな手が光の手首を掴み、振り払おうとする。光は膝で子供の胴体を抑え込み、指を喉笛の奥へと食い込ませた。  子供の顔が紅潮し、やがて土色に変わる。タオルケットに温かい液体が染み出していくのが分かった。光の手のひらには、子供の最期の拍動が、不規則なリズムで伝わっていた。  数分後、抵抗が止まった。光は手を離したが、子供の首筋には光の指の跡が、深い紫色の溝となって残っていた。

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